袴田事件、「味噌漬け実験」で静岡県警のでっちあげに肉薄する支援者「男性」の執念

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「味噌漬けシャツが白いはずがない。血が赤いはずがない」

 検察の抗告で東京高裁が2018年に静岡地裁の決定を取り消したが、弁護側が特別抗告し、最高裁の判断が注目されていた。弁護側が「衣類からのDNAは袴田さんのものではない」とした鑑定について、最高裁は「鑑定資料が古く正確な判定ができない」とした検察主張を認めた。

 その一方で「衣類に付着した血液に関する専門的知見について審理が尽くされていない」と東京高裁に宿題を与えたのだ。警察が証拠提出した写真は鮮やかな赤色だった。

「一年も味噌に浸かっていた衣服にしては白すぎる。付着した血液が黒ずまないはずがない」と素朴な疑問を持った山崎さんは、20年前から鶏から採った血を衣類につけて味噌に一年間、漬け込むなどの実験を重ねてきたのだ。「メイラード反応といって、血液のたんぱく質が味噌の糖分と反応して黒ずむことがわかりました。検察側の実験でも同じ結果でした。DNAという最新科学よりも常識的で原始的な要因を重視した最高裁を評価したい。足利事件の菅家利和さんだって当時、最新のDNA鑑定によって逮捕されたのですから」と山崎さん。

実現した拘置所面会

 大学卒業後、清水市に戻ってサラリーマンをしていた山崎さんは「狭山事件」などの冤罪に関心を持っていた。「静岡県では4大死刑囚冤罪事件の一つ、島田事件がありましたが赤堀政夫死刑囚の支援者から『清水にも冤罪事件があるんだよ』と聞いて驚いたんです。袴田事件でした。著名ジャーナリストの高杉晋吾氏が月刊誌『現代の眼』に書いた記事を見て警察のでっち上げを確信しましたね」。高杉氏は1981年に『地獄のゴングが鳴った』(三一書房)を出版した。再審開始決定後に『袴田事件・冤罪の構造』(合同出版)を出版したが、山崎さんは高杉氏に膨大な資料を提供した最大の協力者だ。

 そんな山崎さんが東京拘置所で袴田巌さんに初めて面会したのは2007年2月7日。

「数年通って会えました。私一人でした。会話は支離滅裂でしたが『腹が減った。甘い物が欲しい。甘い物がバイキンに勝つ』とか言っていました。メモもできず私はとっさに巌さんの顔をスケッチしました。ボクサーのイメージではなかった。歯がとてもきれいだったのが印象的でした。長年、拘置所や刑務所にいる人の多くは歯がボロボロですから。姉の秀子さんは今もきれいな歯をしており遺伝でしょうね」。

 スケッチを見た秀子さんは喜んだ。その頃、巌さんは「姉なんかいない」とか「メキシコのばばあ」などと言って秀子さんの面会すら拒否していた。「あとで甘い物を差し入れようとしたら拘置所の担当官に拒否され、糖尿病だなとピンときました。カロリーだけ与えとけばいいとする拘置所は糖尿病患者が多いんですよ」。巌さんは今も自宅でインシュリンを打って治療している。

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