橋本聖子“新会長”に永田町で「気の毒だ」の声多数 最初から最後まで人材難の裏

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官邸に従順

 だが、実のところ橋本新会長も、本当に適任かと言えば、そうではないという声もある。いわゆる“タフ・ネゴシエイター”と正反対の性格なのだ。

「当選回数5回のベテラン参議院議員ですが、腰が低くて欲がなく、ポストにも恬淡(てんたん)しているのは、知る人ぞ知る素顔です。2016年には自民党参議院議員会長に就任しましたが、目立つのを好まず、なるべく他の議員に花を持たせようとしていました。今回も周囲には『荷が重い』、『やりたくない』とこぼしていました」(同・記者)

 今回の人事は、菅首相の意向が強く反映された。橋本新会長にリーダーシップという言葉は似合わない。なぜ、それでも菅首相は橋本新会長にこだわったのだろうか。

「女性であり、なおかつ話しやすい。何より自分の言うことを聞いてくれるからでしょう。橋本さんの性格を考えれば、菅さんに異議を唱えることはあり得ません。黙々と官邸の意向に従うことを期待されていますし、実際、その通りになると思います」(同・記者)

 2014年8月20日に発売された「週刊文春」は、当時、日本オリンピック委員会(JOC)の選手強化本部長だった橋本新会長が、フィギュアスケート男子の高橋大輔氏(34)に抱きついてキスをする写真を掲載した。

 今回の人事でも、その問題が再燃した。本人も当初は固辞していたとする報道もあった。それでも彼女は、最終的には新会長の就任を受諾した。実際、「官邸の言うことを聞いた」ということだろう。

迷走した会長人事

 それにしても、橋本新会長が誕生するまでの顛末は、“人材不足”と言われて仕方あるまい。女性蔑視発言で引責辞任した森喜朗前会長(83)の後任人事は迷走を重ねた。衆目の一致する後継者が存在しなかったのは明らかだ。

 いや、実際に森前会長が、「なり手がいなかった」と舞台裏を明かしたことがある。

 かつて森前会長は都内で講演会を開き、当初から会長人事は迷走したと振り返った。講演会の参加者が言う。

「その時の森さんの話ですと、組織委員会の会長に最も意欲を見せていたのは、当時の都知事だった猪瀬直樹さん(74)だったそうです。元ミズノ代表取締役会長の水野正人さん(77)が事務総長になることも決まっていたのですが、共にIOCから横槍が入りました。主催地の首長は組織委員会の会長にはなれず、スポーツメーカーのオーナーが委員会に入るのもよろしくないという見解だったのです」

 これで会長人事は白紙。すると森前会長に「適任者を探してくれませんか」という依頼が飛び込んだという。

「森さんは財界人が適任だと考え、当時の経団連会長である故・米倉弘昌氏(1937〜2018)に声を掛けたそうです。ところが米倉さんは、興味を持ってくれなかった。そこで前会長だった御手洗冨士夫さん(85)を訪ねたのです。御手洗さんは組織委の名誉会長ですが、森さんと、こんな形でつながりがあったんですね」(同・参加者)

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