不倫の加害者にはなりたくない… 会社の部下に恋する49歳男性の苦悩

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あと10年若かったから…

 彼はエリートではないかもしれないが、職場では非常に人望があり、仕事はできると、彼を紹介してくれた知り合いは言う。5年ほど前、彼は社内のあるプロジェクトのリーダーに選ばれた。それは彼にとって「肩書きが嬉しかったわけではなく、今までの自分を見てくれている人がいたという意味で嬉しかった」という。

 そのときイサオさんのサポート役となったのが、社内の期待の星と言われていたエリカさん(33歳)だった。

「当時、彼女はまだ20代。勉強熱心で視野が広い、若いのに人脈もある。男女関係なく、立派な若者。足りないのは経験だけ。だから僕は彼女を始め、若手の意見をどんどん取り入れていきました。僕のやることは調整だけにしました」

 それが功を奏したのか、2年がかりのプロジェクトは大成功となった。チームは社長賞を受賞した。

「プロジェクトが進んでいるころから、僕とエリカさんはよく食事に行ったり飲みに行ったりしていました。他の社員がいることももちろん多かったけど、ふたりきりということもあった。仕事の話ばかりしていましたよ。だけどそんな中にもプライベートな状況が見えてくることもある。彼女は当時、つきあっている同世代の彼がいたんですが、仕事が佳境に入ったころ別れたそうです。『彼といるより仕事のほうが楽しくなっちゃって』と言っていましたが、涙ぐんでいました。5年もつきあっていたらしいので、どちらから別れると言ったかは知りませんが、やはり辛かったんでしょう」

 あと10年若かったら「オレが」と思ったかもしれないとイサオさんは苦笑する。いつしか彼は彼女に惹かれていたのだ。「男として、はっきり彼女に恋心をもっていると自覚していた」そうだ。ところが彼は何の行動も起こさなかった。

「好きだからとアプローチするわけにはいきませんよ。妻帯者ですから。プロジェクト終了後も、彼女はなにかと僕を頼ってくれて相談に乗ったりしています。月に数回は会ってるかなあ。ただ、彼女は明らかに僕から仕事の進め方や社内根回しの方法を盗みたいと思っているだけ。もちろん、好意をもっている上司ではあるんでしょうけど、それ以上の関係は望んでいない。それがわかるから、僕としては“いい上司”を貫くしかない。下心を隠し続けて」

 人間関係がうまくいかないと荒れた彼女が酔っ払い、ひとり暮らしの自宅まで送り届けたこともある。水を飲ませてベッドに寝かせたとき、彼女のしなやかな腕が彼の首に絡みつき、自身を抑えきれなくなりそうになった。だが彼はそうっと彼女の腕をふりほどき、メモを残し、外から鍵をかけてその鍵を新聞受けに落として帰った。

「ここ4年間で2度くらい、そんなことがありました。今日はひとりの部屋に帰りたくないと言われたこともある。そういうときはバーやカラオケで朝までつきあいましたよ。それでもキスひとつしていません。僕だって一応、まだ男なので(笑)、本当はつらいんですけどね。でも何かあったら、きっと彼女はあとで後悔する。人生の汚点になる。だから僕はあくまでも兄か父親の立場で接しているんです」

 それは妻を見ていたせいかもしれないと彼は言う。既婚男性とつきあってぼろぼろになりかけていた妻のイメージが、エリカさんと重なるのだ。自分はそういう男になってはいけないと彼は肝に銘じている。だがそうやって「救い出した」妻から尊重されていないと感じるとき、彼はひどく落ち込んでいく。それでも「加害者」にはなりたくない一心なのだ。

「それでももし、僕がエリカさんと会っていることを知ったら,妻は怒るでしょうね。僕は不倫関係ではないと断言できるけど、妻からみたら若い女性とふたりきりで朝までカラオケにいるというだけで腹が立つかもしれない」

 妻といても彼女といても、彼の献身は報われない。それどころかあらぬ疑いをかけられる怖れもある。それでも彼はエリカさんに求められれば会いに行く。

「正直言えば、彼女のことが好きなんです。その下心をなんとか昇華して、部下思いの上司として役割をまっとうしたい、そうやって自分をごまかすしかないんです。彼女の笑顔を見ているだけで幸せなのは本音。それ以上の関係になりたいのも本音。でもならない。そこにある種の快感を覚えるしかないんです」

 男の美学ってやつですね。そう言うとイサオさんは、なんとも寂しそうな笑みを浮かべた。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮取材班編集

2021年2月17日掲載

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