法律が変わった「遺言書」の注意点 身内との“争続”を避けるポイントとは

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「抽象的な文面」で争いに

 実際の作成にあたっては、

「紙と封筒、ペンと印鑑があれば証人も必要なく、どなたでも自筆証書遺言が作れます」

 とは、行政書士の竹内豊氏である。ただし、

「注意すべき点として、本文がすべて自筆であっても無効になってしまう場合があります。まず、よくある“吉日署名”は日付が特定できないので認められません。同様に、月日だけで年が記されていないものも無効です。一方で、令和3年と書くべきところを西暦と混同して『令和2021年』としてしまった場合は、何を書こうとしたのかが明確なので認められると思われます。ただ、遺言書自体の信憑性を疑われて裁判に持ち込まれる可能性もあるので、書き間違いや書式の不備がないよう注意するに越したことはありません」(同)

 財産目録の作成においても、

「毎葉、つまり用紙の一枚ごとに自筆署名と押印をしなければなりません。押印は、遺言者の印であれば本文に押された印と同じである必要はなく、またいわゆる認印であっても差し支えありません」(同)

 とはいえ、相続人などの利害関係人から「本当に本人が作成したのか」と疑義を呈されるおそれもあり、遺言本文とともに財産目録への押印も、実印の使用が望ましいという。

「これまでは財産目録も自筆でなければならず、預金口座の番号を間違えたり、不動産の住所を地番でなく住居表示で記してしまったりして財産の特定に手間取るケースが多く見られました。ケアレスミスを減らす点からも、こうした制度は積極的に利用すればよいのではないでしょうか」(同)

 もっとも、法律の専門家の多くは、2人以上の証人立ち合いのもと遺言者の意思を確認しつつ、公証人が適切な内容を作成して公証役場で保存する「公正証書遺言」を推奨しているという。前出の武内弁護士も、

「今回の改正を受けてもやはり、遺言を残す目的やメリットの実現という点では、公正証書遺言の方が優れているといえます」

 と指摘するのだ。

「自筆証書遺言の記載内容はあくまで、遺言者が自由に考えて書くことが前提です。例えば『不動産は息子に任せます』といった抽象的な文面では、“譲る”のか“相続の処理を一任する”のか判然としません。また記載漏れが後で見つかり、相続人同士のトラブルとなることもある。せっかく遺言書を残したのに、最終的には法定相続の形になってしまうケースも少なくないのです」

 本誌(「週刊新潮」)の取材では、次のようなケースがあった。

〈妻は70代で山梨県在住。夫とともに長女の家で暮らしていたが、体が思うように動かない夫に長女が手をあげることも度々あった。一方、県外に住む次女は何かと世話を焼いてくれ、孫娘も可愛い。おのずと財産は次女に、との思いが募っていた。

 夫は入退院を繰り返したのち、最期は自宅で迎えようということに。長女が席を外したすきに、夫はこっそり“財産は次女に”と妻に耳打ちしてきた。長女の態度が腹に据えかねていた妻もこれに同意し、夫は最後の力を振り絞ってA4のコピー用紙に遺言を記すことにした。

 ところが遺言の中で“差し上げます”と書いてあったことが問題となった。妻と次女は家裁に遺言書を持参して検認を受けたものの、長女は弁護士を立てて「遺言無効」を主張し始めた。いわく「“差し上げます”では遺言なのか贈与だったのか不明。しかも封がされておらず、いくらでも改ざんできる」と。結局遺言は認められず、長女との関係は冷え切り、夫が亡くなって7年が経つのにいまだ遺産分割協議が開けない状態が続いている〉

身内に債務者がいると

 そもそも遺言とは、特定の相続人に法定分を超える財産を相続させる、すなわち相続人の間に差をつける目的で用いられることが多い。法務局に預ける際は、あくまで書面の形式上のチェックを経るだけで、内容について的確な指摘がなされるわけではない。遺言者の死後、いざ開封して法に抵触する内容だったり、書面に不備があったりすれば、あらためて遺産分割協議を開かねばならなくなる可能性もあるわけだ。

「保管制度では家裁の検認は不要となりますが、相続人が自筆証書遺言の保管事実証明書の交付や閲覧の請求を行うと、法務局の遺言書保管官からその他の相続人全員に通知がなされる仕組みとなっている。結果、遺言執行を妨害されるおそれもあるのですが、この点、公正証書遺言であれば、相続の発生後すぐに遺言内容に沿って執行することが可能です」(武内氏)

 公正証書遺言の手数料は財産額によって異なり、例えば1千万円を超えて3千万円までは2万3千円。これが相続人ごとに必要で、また手続きを弁護士などに依頼すれば、別途実費も発生するのだが、武内弁護士はさらに、

「今回の民法改正では『相続登記における対抗要件』の変更も行われました。これまでは特定の相続人に特定の不動産を相続させると遺言が指定した場合、登記の有無によらず他の相続人や第三者に対して遺言が優先するとされていました。ところが今回、『有効な遺言があっても、不動産相続を確定させるには原則通り登記が必要である』という形に改められてしまったのです」

 仮に相続人である兄弟のうち、兄が遺言で法定相続分を超える不動産を相続するとなっても、直ちに登記手続きをしなければ、第三者に対して自らの権利を主張できなくなるというのだ。

「弟が借金を負っていて、弟自身やその債権者が債権者代位により、不動産について法定相続分に沿った共有登記を行ったとします。その後、債権者が弟の共有持ち分を差し押さえたり、抵当権設定の登記をしたりすると、兄はこの債権者に対し、差し押さえや抵当権設定の無効を主張できなくなってしまうのです」

 公正証書遺言であれば、法務局に持参することで速やかな登記が可能だが、

「自筆証書遺言の場合、法務局に預けていない場合は検認までに時間がかかり、また預けてある場合でも、相手に通知されて先手を打たれてしまう可能性は否めません。不動産を持ちながら身内に金銭的に困窮している家族がいる、あるいは互いの関係が良好でないなどのケースでは、特に公正証書遺言をお勧めします」

 ちなみに公正証書遺言の作成数は、2007年には約7万4千件。それが14年には10万件を超え、現在も同水準を維持している。自筆証書遺言については、家裁が検認した数として06年におよそ1万3千件だったところ、19年には1万8千件を超えるに至っている。

 制度改正で手続きが身近になったとはいえ、慎重にことを進めなければ、残された家族に亀裂をもたらしかねない。気力・体力とも十分なうちに熟慮して判断を下し、財産の行方に道筋をつけておく。これこそが何よりの「遺産」となるはずである。

週刊新潮 2021年1月28日号掲載

短期連載 第2回「伴侶を喪った後、あなたは… 法律が変わった『遺言書』 円満か悲劇か人生最後の分かれ目」より

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