元記者は見た NHKのやりすぎ「選挙取材」と莫大な「選挙取材経費」

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佐戸未和さんの過労死について

 時に過熱した選挙報道は取り返しのつかない重大な事態を招く。首都圏放送センターで勤務していた佐戸未和記者(当時31)が2013年7月24日に亡くなった。そして4年後の2017年10月4日、NHKニュースで佐戸さんの死去と、労働基準監督署から長時間労働による過労死と認定されたことが放送された。

 彼女の死の経緯は、NHKの仕事も手がけているフリーの映像制作者、尾崎孝史さんの著書「未和――NHK記者はなぜ過労死したのか」(岩波書店)に詳しい。この本を読むと、佐戸さんの死をまともにとりあわないNHKに、遺族がいかに不信感を募らせたかがよく伝わってくる。もっとも、NHKが取材に協力しなかったために、彼女が死に至った経緯は検証しきれていないのが残念でならない。

 私は佐戸さんと直接の接点はないが、彼女は死の直前に担当した参議院選挙の取材、とりわけ選挙リポート制作に相当な負担を強いられていたと聞く。この業務を何度も経験した私にはこの苦労がよくわかる。

 NHKの選挙リポートは、各候補者の演説や選挙運動の様子、インタビューなどを、1人1~2分ずつの尺で切り取り、計5~6分程度で紹介する。はっきり言って視聴者から見ると大して面白くもないリポートだが、制作者には外部から窺い知れないプレッシャーがかかる。「公正な報道」という原則に加え政治家が絡むという事情もあるのだろう。映像チェックのレベルが普通のレポートと段違いなのだ。

 試写の際のチェックはとにかく厳しい。限られた時間で各候補を追っているのだから、映像の若干の見栄えの差はやむを得ないと思うが、「A候補の印象が薄い」「B候補の演説内容がやや乏しい」などと何度も作り直しを命じられ、取材のやり直しも珍しくない。

 私も「候補者の後ろの餃子店の看板が気になるから変えろ」と言われたことがある。とにかく、金太郎飴のように候補者の横並びの紹介が要求されるのだ。

 かつて、佐戸さんの選挙リポート制作に関わった上司から「チェックに特に厳しい幹部がいて、この作り直しが佐戸さんを追い込んだ面もあった」と聞かされたことがある。真夏の選挙番組作りでは、日中は炎天下の中で候補者を追い、夜間は局内で深夜まで制作に追われる。このリポート制作も含めた選挙に関わる作業が、佐戸さんの健康を蝕んだことは想像に難くない。

 一方、佐戸さんの長時間労働が飛び抜けて長かったとも言い切れない。2017年の衆議院選挙の際、私自身、選挙担当デスクとして2か月間、全く休みなしで深夜までの長時間勤務を続けた。上司に配慮して勤務表には一定の休暇を取得したことにしていたが、実際は休んでいなかった。この間、夜間に動悸が止まらず一睡もできない日が1日だけあった。NHKでこうした勤務を経験した記者は少なからずいるはずだ。

「羮に懲りて膾を吹く」NHKの働き方改革

 佐戸さんの死を契機に、NHKは「働き方改革」に本格的に乗り出し、2017年12月に「働き方改革宣言」を公表した。

 この前後から現場では記者の勤務管理が厳しくなり、正月などの長期休暇に加え、年2回の5連休取得などを強く指導するようになった。

 この流れ自体は歓迎でき、記者を含めて職員の休暇取得は飛躍的に進んだといえる。だが、問題を感じる面もある。「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」というか、とにかく運用が極端なのだ。

 例えば、ある地方局のケースで、若手記者がたびたび長期休暇を取得したため、デスクがこの記者に発注しようとしていた取材が頓挫したことがあった。困り果てたデスクが上司に「長期休暇を連続で取得させる特別な事情があるのですか」と尋ねたところ、「制度上、有給休暇は認められているから問題ない」との回答だった。

 確かにNHKでは、職員は年間20日間、繰り越し分を含めると最大で年間40日間の有給休暇が認められている。だが、若手記者が毎月のように帰省や海外旅行で長期休暇を取る姿が、私にはどうしても納得がいかなかった。もちろんこの記者には何の罪もなく、私の頭が古いだけかもしれないが、これが公共放送の記者の姿だろうかと首をかしげざるを得ない。

大和大介
本名非公開。大手新聞社から転職し、1997年にNHKに入局。23年間にわたり取材記者・デスクを務めた。2020年夏に退局し、現在フリー。

週刊新潮WEB取材班編集

2021年1月4日掲載

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