「中尾山古墳」が文武天皇陵と確実に 宮内庁はいつまで“ねじれ構造”を放置するのか

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「真実性」

 では栗原塚穴古墳には文武天皇の名前が書かれた石があるのだろうか。宮内庁は研究者も一切立ち入らせない。今尾氏は「今の学者で中尾山古墳が文武天皇陵であることを否定する人はいない」と見ており、宮内庁の姿勢は屁理屈をこねて歴史をねじ曲げているとしか思えない。

 明治政府は天皇国家として天皇家の権威づけのため実在も疑わしい神武天皇以来の「万世一系」を「可視化」するために慌てて天皇陵墓を「治定」してゆく。幕末から明治にかけて、文献や地域の伝承などに基づいての指定だったが「根拠薄弱」が多いことは指摘されている。その一方で指定した天皇陵の学術的な実地調査をほとんど拒否している。

 さて今回、半世紀ぶりに中尾山古墳が発掘調査されたのには理由がある。明日香村と橿原市は「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」として、石舞台や天皇陵などの遺跡の世界遺産登録を目指している。中尾山古墳を構成資産にしてもらうには、古墳の正確な寸法のなどが必要だった。明日香村は今回の調査結果について「世界遺産の登録に向けて大きな一歩となる」(教育委員会)と期待している。

 だが、世界遺産登録の要件に「真実性」がある。「嘘の埋葬場所」を世界に向けて具体名を挙げた天皇の墓だなどと喧伝していいのだろうか。昨年、大阪府堺市や藤井寺市などの「百舌鳥・古市古墳群」が世界遺産に登録されたが、目玉の「大山陵」に埋葬されているとされる仁徳天皇は実在さえ疑わしい。前述の今尾文昭氏は「百舌鳥・古市古墳群を構成する5世紀後半ごろまでの前方後円墳などの被葬者は不確かなことが多い。しかし今回の中尾山古墳は時代が8世紀に入っており、『続日本紀』などの正確な史料がある。それなのに事実と違うことを世界に向けて発信するのは問題です」と指摘する。さらに「宮内庁は祭祀を強調するが、一般の人は陵墓祭祀など知らない。違う場所を税金で祭っていることもおかしいのでは」と話す。

 宮内庁は墓誌や墓碑がないとするが、そもそも日本の墓には墓誌を入れる風習はない。今尾氏は「律令には墓碑を立てよとの規定はあるが、天皇陵、皇后陵は規定の外にある。学術研究の成果と国家の指定の『ねじれ構造』を正していくべきです。ただ、現状では正しい場所に変えるための法律が存在しない。国会議員なども動いてほしいですね」と訴える。

 仮に秦の始皇帝の墓と信じて中国の西安市を訪れて、真っ赤な嘘であれば世界の人は黙っていないだろう。自国の歴史を正しく伝えない国は世界の信用も得られまい。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年12月30日掲載

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