「妻と彼女、ふたりがいるから幸せ」 不倫を10年間続けるノーテンキ夫が育った環境

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二人の女性がいるから幸せ

 一般的に「不倫の恋」は、家庭に不満がある人が陥るものだと思われている。だが実際には、家庭が円満であっても恋に落ちることは多々あるし、家庭が円満な方が不倫が続いたりもする。結婚生活と恋は別ものなのだ。

「妻と彼女と僕、全員、同い年なんですよ」

 愛嬌ある笑顔を見せてそう言うのは、ヨウジさん(仮名=以下同・42歳)だ。結婚して23年、彼女とつきあって10年になるという。妻との間に、大学生と高校生、ふたりの子がいる。

「どうして不倫なんかしちゃったのか、今でもそう思うことはありますけど、ふたりの女性がいたからこそ、僕はこんな幸せな人生を送ることができている。それは確かなんですよね」

 何をノーテンキなことを言っているのか、誰かを傷つけての幸せなどあるのか、女性ふたりを不幸にしているのだぞと、世間の怒りの声が聞こえてきそうだ。私も彼の屈託ない笑顔に接して、最初はそんなふうにも思ったが、彼の話を聞いていくうちに考えが変わっていった。

「自分を愛してくれる存在」を欲した家庭環境

 ヨウジさんは東京近郊の町で生まれ育った。ひとりっ子で、やさしい母に思い切りかわいがられたが、大好きな母が10歳のときに急逝。ショックのあまり声が出なくなったという。半年もたたないうちに「新しいおかあさん」が、ふたりの子を連れてやってきた。

「当時、5歳と3歳の妹がふたりできたことを飲み込めなくて、今度は体中に湿疹ができて苦しみました。父は再婚するとき、きちんと僕に説明してくれなかった。子どもだからわからないと思ったのかもしれないけど、10歳ですからね、母が死んだショックも癒えないうちに、新しいおかあさんと言われても受け止めきれません」

 当然、“新しい母”とは折り合いが悪かった。継母もつきあい方がわからなかったのだろう。彼に積極的に話しかけてくることはなかった。食卓でも彼はひとり、うつむいて食べ、終わるとすぐ自室へと引っ込んだ。そうすると食卓に笑い声が響くのだ。実母の写真を見ながら、毎日泣いていたという。

 心に大きくあいた穴を埋めるため、学校以外に塾や習いごとなど、家にいなくていい時間をたくさん作った。土日も塾に行っていたから、いつしか「やたらと勉強のできる子」になっていた。高校は都立、大学は有名私大へと進学したが、心の中はいつも人間への不信感があり、同時に「強烈に自分を愛してくれる誰か」を求めていた。

「大学に入ると同時に家を出ました。家族はほっとしたんじゃないでしょうか。継母にとっては特に。父は贖罪のつもりか、仕送りだけはけっこうしてくれました」

 大学時代、そして就職してからも彼は心から誰かを信頼することができなかった。当然、恋愛にも臆病になる。誰かとつきあってもすぐに怖くなって自分からフッてしまうのだ。「遊びでしかつきあえないんでしょ」と、女性から罵倒されたこともある。

「今思えば、寂しかったんです。ひたすら寂しかった。幸い、就職した会社で、すばらしい先輩に出会ったことで、人間不信はだいぶ解消されたんですが、恋愛に関しては本気になれませんでしたね」

 その先輩には自分の思いをすべて話した。先輩の家庭にたびたび遊びに行き、先輩の妻のやさしさにも触れた。

「その先輩がさりげなく引き合わせてくれたのが、妻となったアキコです。明るくて前向きで、本当に素敵な女性でした。半年ほどつきあったところで、自分の生い立ちを話したら、彼女、大粒の涙を流しながら聞いてくれた。最後に『がんばったね』とひと言。下手な慰めの言葉はいっさい言わなかった。それで、この女性は信頼できると思ったんです」

 彼の気持ちが一気に結婚へと傾いた。音信不通になっていた父に結婚する旨を手紙で伝えると、「おめでとう」と10万円が送られてきた。だが、結婚式はいつなのかとか、一度、彼女に会わせろとも言われない。やはり自分は邪魔ものなのだと再確認した。

「それを知ったアキコが、結婚式なんてしなくていいじゃないと言い出して。義父母も『そうだそうだ、金がもったいない』と笑わせてくれました。そこで義父母と僕らふたりの友人を呼んで、気楽な会費制のパーティをしたんです」

 こうして始まった結婚生活は、アキコさんの性格もあって楽しい日々だった。子どもが生まれると、ヨウジさんはそのかわいさにメロメロになった。

「共働きですから時間的には厳しかったけど、本当に夫婦が一致団結して子どもを育てましたね。どんなに大変でも、アキコはどこか楽観的で、僕はそれに救われた。洗濯物がたまったりすると僕はイラッとするんだけど、アキコは『明日はくパンツがあればいいのよ』って感じ。なければ買ってくればいい、だから今日はゆっくりしようっていうタイプなんです。僕は“~すべき”にとらわれるところがあるので、彼女からは多くを学びました。結婚して子どもが生まれたあたりから、仕事も順調で人の上に立つ立場にもなって。悩みや苦労もあったけど、いつもアキコが相談に乗ってくれました」

 妻は親友でもあり、相談相手でもあった。妻がいたから、幼いころから抱えていた大きな心の穴がかなり埋まっていったのだ。

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