イチローは年俸900%アップで何を欲しがった?世間がざわついた「契約更改」名言&迷言

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 プロ野球選手が一個人事業主であることを改めて実感させられるのが、シーズンオフに行われる契約更改だ。近年は代理人交渉も珍しくなくなったが、“銭闘”ともなると、本業の野球のようになかなかうまくいかないのも事実。納得のいかない条件提示に、つい感情的になり、新聞の見出しを飾るような名言や迷言が飛び出すのも、毎年のお約束だ。年の瀬を前に、過去に話題を呼んだ選手たちの印象的なコメントの数々を振り返ってみよう(金額はいずれも推定)。

 契約更改史上、“最大の迷言”として、今も語り継がれているのが、1998年オフ、近鉄の左腕・前川勝彦の仰天発言である。入団2年目の同年、1軍登板わずか1試合に終わった前川は、12月1日に契約更改交渉が予定されていたが、約束の時間になっても姿を見せず、すっぽかしてしまった。

 心配した球団側が電話を入れたところ、前川は「すみません」と謝ったあと、「今日は11月31日だと思っていました」と、とんでもない言い訳を口にした。交渉役の藤瀬史朗管理部長(当時)が「勝手にない日を作るな!」と雷を落としたのは言うまでもない。

 その後、2度にわたる謝罪と、反省して、本拠地・藤井寺球場のロッカーを清掃したことなどが認められ、12月22日に12パーセントダウンの700万円で契約更改。併せてペナルティとして運転免許証没収、外食禁止などが科せられた。このお灸が効いたのか、前川は翌99年、15試合に登板してプロ初勝利も挙げ、1軍定着へ大きな1歩を踏み出している。

 800万円から8000万円に900パーセントアップという史上最高のアップ率を記録したのが、94年のオリックス・イチローだ。高卒3年目の21歳にして首位打者、最高出塁率、MVPなどを獲得したイチローは、前記の大幅アップに加え、タイトル料と特別ボーナスも手にして、総額1億円でサイン。「1億円? まったくイメージできないですよ」と眉ひとつ動かさずにコメントした。

 そして、「このアップ分で、何か買い物をする予定は?」の質問に、「そうですねえ。セーターを買います。似合いそうなものを」と答え、1億円プレーヤーらしからぬつましさが話題になった。それから2日後、合宿所の青濤館で生活していたイチローが新居に引っ越すというニュースに、「高級マンションに転居か?」と周囲は色めき立ったが、真相は、2軍選手用の2階の月4万円の部屋から4階にある1軍選手用の月5万円の部屋に移っただけ。セーター同様、質素という言葉がピッタリな引っ越しだった。

 今年の日本シリーズで対決した巨人・原辰徳監督とソフトバンク・工藤公康監督は、現役時代の契約更改でも、好対照な一面を見せていた。入団以来、ずっと一発更改の原は、「納得するまでサインしない」と家族に約束して家を出ても、あっさり“落城”していた。

 3年連続3870万円据え置きとなった86年も納得できないまま一発でサインし、「サインしましたよ。20枚くらいかな?」。契約書のサインにファンサービスのサインを引っかけた冗談だったが、一瞬何のことかわからない報道陣がシーンとしていると、「ジョークまで冴えないなあ」と二重にショックを受けていた。だが、翌87年は希望額6000万円に対し、5500万円の提示を保留。「オレもひと皮剥けたという感じですね」と7年目の初抵抗に感慨深げだった。

 一方、西武若手時代の工藤は、2年連続日本一になった87年、5000万円を提示した坂井保之代表に対し、「グラウンドの成績だけでなく、それ以外の部分も評価してください。ファンにウチの試合を見に行こうと思わせたり、西武の明るいイメージ的なものをつくっている部分の貢献度も認めてください」と堂々自論をぶつけ、5500万円を主張。最後に両者歩み寄る形で、中間点より少し上の5300万円をかち取った。

 ほぼ満足できる結果に、当時24歳だった工藤は上機嫌。「提示と希望額の中で話し合うのが交渉。動かない車は故障。ラーメンにかけるのはコショウ……なんちゃって!」と報道陣との談話でも“舌好調”だった。

 1万円でも多くアップをかち取ろうと奮闘する選手が大多数の中で、謙虚過ぎるコメントで話題になったのが、昨年の楽天・島内宏明だ。

 同年、133試合に出場し、開幕4番も務めるなど、打率.287、10本塁打、57打点をマークした島内は、2200万円アップの1億円を提示されると、「いやあ、ビックリしました。『逆にいいんですか?』と思った。周りからはそれくらいと言われてましたが、そんなに要らないんですけど……」と冗談交じりにコメントした。こんなに低姿勢だと、球団側はもっと弾みたくなったかもしれない。

 このほか、ソフトバンク時代の杉内俊哉の「携帯電話会社と同じですよ。新規加入の人には優しくて、既存の人にはそのまま」(10年)、西武時代のGG佐藤の「交渉している感じがしない。ぶち切れていいですか?」(07年)、ソフトバンク・森本学の「(金額を見て)信じられん。死のうかと思った」(09年)、DeNA時代の細山田武史の「これから食事は松屋か吉野家にする」(12年)なども知られている。

 今オフは「誠意(評価)は言葉ではなく金額」「唖然としたかな。久々に呆れました」(いずれも中日時代の06年)などの名言を残した福留孝介が阪神を自由契約になった。“銭闘”の主役降板に、一抹の寂しさを感じるファンもいるかもしれない。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2019」上・下巻(野球文明叢書)

週刊新潮WEB取材班編集

2020年12月24日掲載

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