企業経営者が「GoToトラベル」で大塚家具を思い浮かべてしまう理由
ようやくGoToキャンペーンの全国一斉停止が決まったが、新型コロナ分科会の提言を無視し続けてきた菅総理大臣を見ていると、つい「恋は盲目」という言葉が思い浮かんでしまう。まるでGoToに恋をしているかのようだ。それどころか、その執着心からはストーカーに近い感情さえ伝わってきた。来年1月11日からは再開の見通しだが、ストーカー行為によって恋が成就する確率が極めて低いように、このままでは多額の税金を使ったGoToも、日の目を見る可能性が乏しい気がしてならない。
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バーゲン商法
GoToキャンペーン自体は決して悪い施策ではない。国民の財布の口を緩めて、投入した税金の3倍近い消費を促すからだ。地方の経済を救うためとか、観光立国のインフラを保つためにも必要ではある。しかし、その運用の現状については、私は多くの企業経営者から疑問の言葉を聞いている。彼らは、「実施時期を絞らずに行う常時バーゲン商法に似ている。まるで大塚家具のようだ」とおっしゃるのだ。実際、大塚家具はこじつけのような理由のバーゲンセールを繰り返した。その結果、定価販売に戻した途端に売れなくなってしまって、大塚久美子社長(当時)は退場を余儀なくされたのである。
バーゲンセールは有効な販売施策ではある。だが、それは需要の先食いであると同時に、ブランド価値の切り売りという側面もあるのだ。GoToキャンペーンも然り。現に、GoToから除外された途端に、キャンセルが続発しているのだから。ならばGoToが終わって定価に戻った時、消費者が「高いな」と感じて敬遠しないだろうか? 高級なホテルや飲食店に、GoToを利用した顧客の多くがリピーターとして訪れるのだろうか?
結論を述べよう。巨額な税金を使ってGoToキャンペーンを行うならば、次のような二つの視点が大切だ。第一に、大半の国民から感謝されるような運用をしなければならない。すなわち、多くの国民が「利用したい」と思う時期を選ぶ必要がある。「使わないと損だ」という心理で国民を動かすべきではないのだ。悪戦苦闘している医療機関の皆さんに、「私も利用したい」と思わせるような運用が必要なのである。第二に、ジャストなタイミングに絞って実施しなければならない。1990年代の半ばに、橋本龍太郎総理(当時)は株価を維持するために、PKO(ピースではなくプライス・キーピング・オペレーション)と揶揄された施策を打った。だが、バブル崩壊後の株価下落の局面で行ったために、ほとんど効果が無かった。過去最悪な感染拡大の中で行うGoToキャンペーンも、同じ轍を踏むような気がしてならないのだ。感染が下火になった夏の時期に実施し、冬になったら中断して、春になったら一部(感染の少ない地域限定)で再開する。そんな当たり前の判断を、あらかじめ国民に示しておくべきだった。そして、ワクチンや治療薬が本格的に普及したら、全面的かつ短期間に絞ってGoToを実施するべきだ。ただし、飲食業や観光業の暇な日程(曜日や月)を手厚くする工夫も必要だ。あるいは、密を避ける「お一人様GoTo」だけは継続するとか。
情報の俯瞰
日本国内の感染者は確かに増加している。しかし、本当に感染は危機的な状況なのか? 安倍総理(当時)は「G7の中では日本が一番に感染を押さえ込んでいる」と自画自賛していたが、それは間違っている。正しくは、「東南アジアにおいては感染抑止の成績は最下位の部類だが、欧米と比較したら感染者は極めて少ない。それは政府の施策の成果というよりも、国民の皆さんの几帳面な感染防止策の実施や、交差免疫あるいは遺伝的な理由から収まっている」であろう。自ら宣伝するから反感を招いて、日本の感染者が少ないことにまで疑義が生じてしまうのだ。自慢しなければ、逆に政府の施策を称賛する声も上がるはずなのに。また、クルーズ船の感染者数を別勘定にするとか、PCR検査の実施数の不足からも、国民は政府の発表に疑いの目を向けるようになってしまった。こうした情報開示の間違いが原因で、日本の感染者数が少ないことが、まるで忘れ去られたかのような議論が横行しているのである。
12月12日時点の東京都の感染者数は、621人で過去最多だった。ちなみに、3月22日からロックダウンしていたニューヨーク州は、それを6月8日に解除した。当時の新規感染者数は、1日当たり600人から700人だった。すなわち、東京の感染者数はニューヨーク州がロックダウンを解除した水準ということだ。そんな状態にもかかわらず、新型コロナ分科会やマスコミが、浮き足立ってしまうのには理由がある。それは医療機関の逼迫だ。医療崩壊ともなれば、新型コロナの治療は言うに及ばず、通常医療すらも受けられなくなるので、社会の不安心理が頂点に達してしまう。それを懸念しているのであろう。
この新型コロナの危機管理は、本年7月16日号の週刊新潮にも書いたが、安全よりも安心に力点を置くべきだ。新型コロナと闘う武器の乏しい現状で、安全を確保するなんて不可能なのだから。その一方で、安心が崩れると経済が止まってしまうからである。では、安心の一番の敵は何なのか? それは、感染した時に十分な治療を受けられないことだろう。だからこそ、医療崩壊の懸念を払拭しなければならないのだ。それを、安倍内閣も菅内閣も疎かにしてきた。それどころか、GoToキャンペーンによって、医療崩壊を後押ししているような印象さえ与えてしまっている。医師会が必死にGoToの中止を訴えている声に、耳を傾けない姿勢を貫いているからである。
だが、医療現場の逼迫を緩和する施策は無いわけではない。様々なハードルはあるだろうが、比較的に感染者の少ない東南アジア地区から、医療の技能実習生(有資格者)を募る方策もあろう。日本の高度な医療を学びたい外国人は、少なからず居ると思われるので。日本人看護師のサポート業務を担ってもらうだけでも、大幅な心身の負担軽減になるはずだ。
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