コロナ禍での弱点はDXで強みに変える――西川弘典(東急不動産HD代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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 オフィスを中心に、ホテル、商業施設など幅広い分野で事業展開する東急不動産ホールディングス。コロナはそのビジネスの多くを直撃し、リモートワークの浸透で「オフィス不要論」まで沸き起こった。この非常事態をどう乗り越えていくのか。グループ全体で進める「禍を転じて福となす」戦略。

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佐藤 東急不動産ホールディングスは子会社に六つの会社を束ね、都市開発や住宅からリゾート、東急ハンズ、ウェルネス事業など、実に幅広い領域で事業を展開されています。

西川 弊社は事業ウイングが広いのが特徴です。年齢で見ても、学生の寮やアパートの管理会社からシニア・介護住宅まで、どの世代にも間断なく事業領域を持っています。

佐藤 西川さんは新型コロナで緊急事態宣言が発出された4月という大変な時期に社長に就任されました。コロナの影響はいかがですか。

西川 業種別に言えば、まず一番大きな影響を受けたのがホテルですね。弊社のお客様の約3割はインバウンドの方でしたので、それがまったくなくなってしまった。その上、国内のお客様を各ホテルで取り合うことになりましたから、ホテルは過当競争状態になりました。

佐藤 Go Toトラベルが始まったいまはともかく、夏まではほとんどホテルに人がいませんでした。

西川 ええ。それから商業施設にも大きな影響が出ました。緊急事態宣言でほとんどが休業し、その後も営業時間の短縮を余儀なくされました。ただ何より心を砕いたのは、お客様と従業員の安全をいかに守るか、ということです。

佐藤 ずっとPCR検査の態勢が整いませんでしたからね。

西川 弊社の従業員には、シニア施設勤務など、エッセンシャルワーカーが大勢います。またホテルやビルの管理、清掃業もあります。ですから彼らの安全をどう確保しながら事業を続けていくかに、日々頭を悩ませました。

佐藤 初動において、医療資源が限られている中でむやみにPCR検査を拡大しなかったという理屈はわかります。でも検査の仕組みを整えるのに時間がかかり過ぎていますよね。

西川 保健所をはじめとして、行政の各担当部署、大学病院など、いろいろなところに検査をお願いに行っても、なかなか対応してもらえませんでした。結局、唾液で検査する民間の機関と提携しましたが、そこに辿り着くまで半年くらいかかった。いまはお金さえ払えば、いくらでも検査を受けられる状態です。

佐藤 経営する施設でクラスターが出たらたいへんですからね。

西川 特にシニア施設でクラスターが発生したらと、ヒヤヒヤしていました。

佐藤 そこは乗り越えられたと言ってもいいのではありませんか。

西川 それでもグループ全体で従業員が約3万人いますから、感染者は出ています。寒くなって第3波が来ると言われていますし、まだまだ気が抜けません。

佐藤 ただこれは正しく恐れることが重要で、必要以上に恐れたり、恐怖を煽ったりすると世の中がどんどん混乱していきます。

西川 そこは重要なところですね。最前線でお客様に接する従業員には、とにかくお客様と自分の安全を守ることを最優先にして、体調に変化があったり異変を感じたりしたら、すぐに報告するよう指示しています。一方、管理職には、現状に焦ることなく、いま起きていることのどこが本質で、この先何が続いていくのか、そこを見極めるよう言い続けてきました。

佐藤 それは的確な指示だと思います。そのお話で思い出したのは、ソ連が崩壊した時の日本共産党です。これは共産党を追われた筆坂秀世元参議院議員から聞いたのですが、日本共産党最大の危機は、ソ連の崩壊でした。この時、宮本顕治議長からこんな指令が来たそうです。末端の党員は、自分がどうして共産党員になったのか、それだけを考えろ。戦争で家族が死んだり、職場で理不尽な扱いを受けたり、そうした個人の物語だけを思い起こせばいい。大きな方向性はすべて党中央が考えるからと。

西川 組織が崩壊してもおかしくない事態でしたね。

佐藤 そこを共産党は、党名は変えず、民主集中制も維持し、「しんぶん赤旗」にはソ連崩壊を歓迎する記事を出して乗り切りました。世界各地で共産党が潰れていく中、日本共産党は生き残ったわけです。危機におけるリーダーシップのあり方という点では、あの時の宮本議長の対処は凄かったと筆坂氏は言っていました。

西川 責任者がエキセントリックになることが一番よくないですね。そうした動きを見せれば見せるほど、どんどん部下もエキセントリックになっていく。

佐藤 非常時にそうした対応をしていると、脳内でどんどんドーパミンが出てきます。

西川 お陰様で弊社では従業員の会社に対する信頼が醸成され、コロナにどう対応しながら生き残っていくかという意識も相当浸透したと思います。

二つのコロナ論

佐藤 今回のコロナを大正期のスペイン風邪のアナロジーで語る人がいますが、スペイン風邪の時代にコロナが流行したとしても、そんなに大きな騒動にはならないと思うのです。死者数が違いますし、高齢者以外はそれほど亡くなっていませんから。

西川 そう見ることはできますね。

佐藤 コロナの初期に2人の知識人がまったく違う見通しを提示しました。一人は『サピエンス全史』で知られるイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリで、この緊急時に導入された全体主義的な監視体制が残る可能性や、グローバリズムの停滞、テクノロジー支配への懸念を強く表明しました。一方、フランスの人口学者エマニュエル・トッドは、本質的には何も変わらないと言う。その根拠は、亡くなるのが高齢者中心で、人口動態に変化がないからというものです。

西川 その視点は面白いですね。

佐藤 トッドは、グローバリゼーションの是正は、すでにトランプ政権の誕生やブレグジットで始まっているし、格差問題もデジタル化も以前から進んでいたことだと言います。

西川 私が最近、社員に送ったメッセージも同様のことです。結局、医療、衛生面以外は、以前からあった流れが加速したものがほとんどだと思います。かねてからオフィスは働き方改革に合わせて変化すると言われていましたし、商業施設においても、Eコマースが進む中でどうお客様を呼ぶかは、前からあった問題でした。

佐藤 デジタル化も流れとして定着して、いつ本格的に始めるかだけでした。

西川 弊社も、デジタルとリアルをどう組み合わせてサービスしていくか、議論していました。さらに言えば、働き方改革やワーケーションが進んだらホテルやリゾートに何が必要か、ということも検討していました。だからやらなきゃいけないことが前倒しされただけだと思います。

佐藤 トッドの説と重なりますね。さらにトッドは、民主主義国でも各国でコロナや格差問題への対応が違うのは、民主主義には「型」があるからで、それは国民に識字が確立した時期の家族類型によって決まると言っています。

西川 家族類型ですか。

佐藤 そうです。フランス、アメリカで識字率が上がったのはフランス革命の頃で、兄弟が平等に財産を相続する家族形態なんですね。そこから人類平等が出てくる。だから権威、平等という二つの項目で見ると、権威的なものは認めず×、平等は認めて○です。一方、日本やドイツで識字が確立したのは、国家が植民地政策を推進し拡張的だった時代です。そこでは父権が強く、兄弟は平等でなく長男が財産を相続しましたから、権威は○で平等は×です。またロシアでは共産党独裁時に識字率が上がりましたから、権威は○、平等も○。

西川 そう言われてみると、そんな気がしますね。ただ日本でそうした父親中心の家族類型はもう薄れてきていませんか。

佐藤 そうですね。それは中間層が減っていることとも関係していると思います。家族が強固であれば、簡単には底辺に落ちませんから。

西川 私はこのコロナ禍の中でも二極化が進んでいると感じることがよくありました。

佐藤 どんなことからですか。

西川 私はリゾート関係の部署が長かったのですが、本来ならこうした危機の時にまず売れなくなるのが、ゴルフやホテルの会員権でした。でも弊社の会員制リゾートホテルであるハーヴェストクラブの会員権もゴルフ会員権も影響が少ないんです。

佐藤 ホテルのレストランなども、一部では予約が取りにくいですね。

西川 そうです。高級ホテルのレストランは、法人利用がなくなってお客様が減るかと思ったら、そうではなかった。住宅でも高級な物件がそれなりに売れています。富裕層が増えているのだと思います。

佐藤 中間層全体は減っていますが、その上層が富裕層に近づきつつあるのでしょう。年収2千万円とか3千万円くらいの層です。

西川 1部上場企業の役員クラスだとそれに近い数字になりますよね。その方々がゴルフやホテルの会員権を支えて下さっているのだと思います。

佐藤 住宅には面白い動きがあると聞きました。

西川 これまでの売れ筋は都心のマンションでしたが、郊外にある戸建てが売れるようになっています。

佐藤 都心回帰の流れが変わったのですか。

西川 いまは人の流れが錯綜している状態で、これが本格的なトレンドになるかどうかはわかりません。ただ、これまで動かなかった郊外の中古物件が売れています。ここ数年は動きが止まっていた地域です。

佐藤 やはりリモートワークが影響しているのでしょうね。

西川 働き方改革によっても、同じ時間に集中して通勤することが少なくなります。ですから弊社としては郊外でも優良な住宅を提供して、そのニーズを拡げていくつもりです。

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