経済的な理由で始めた「介護の合間のアルバイト」には意外な効用があった──在宅で妻を介護するということ(第14回)

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それでもホームヘルパーを頼まない理由

 経管栄養のチューブが外れたことで、食事介助という「在宅」の本体が姿を現わし、介護に費やす時間・作業量は以前の3倍強に増えた。未経験者には意外に思われるかもしれないが、介助の負担感は「排泄」を1とすれば、「食事」は3~5に相当する。1日3時間くらい、自由な時間を奪われる格好となった。

 普通ならここで介護サービスを増やす。食時時にホームヘルパーを入れて、調理や食事の介助をお願いするのがセオリーだろう。

 妻の場合、要介護5だから枠(区分支給限度基準額)は十二分にあった。総枠3万6217単位/月のうち、使っているのは訪問入浴(週1)、訪問看護(週2)、訪問リハビリ(週2)、福祉用具レンタルなど計2万1105単位。「3分の1も余しているのになぜ」というご指摘もごもっともである。

 ケアマネに確認したところ、「同居人がいるので掃除・洗濯・調理のために来てもらうことはできないが、食事介助ならOK」だそうだ。試算したところ、限度額いっぱい使えば、ホームヘルパーを朝・晩30分ずつ1日2回、毎日入れられる。なぜそうしないかというと、少しでも出費を抑えたいからだ。

「在宅」の最大の長所は経済性にあり、費用は“病院・施設に預けた場合の3分の1”と以前書いた。これに間違いはない。しかし、私のような貧乏人にはそれでもきつい。

 わが家のこの時期の介護関連支出は月平均7万円だった。内訳は、介護サービス事業者に5万円、クスリ代1万5千円、おむつや尿取りパッドなどの消耗品に5千円。かなり少ない方だろう。要介護5と身体状況が重い分、介護保険(自己負担1割)で使えるサービスが多いのでこの程度ですんでいる。

 とはいえ、家賃(8万5千円)と合わせて毎月15万円が黙っていても出ていくと、月給がないフリーランスだから食えない月もある。だから、できそうなことは極力自分でやり、介護サービスも必要最低限に抑えねばならないのだ。

 もう一つの理由は、幸か不幸か、私には女房の世話にあてる時間があり余っていることだ。仕事で外出するのは月3~4回で、あとは家に張りついている。

 フリーライターは「在宅」にもってこいの職業だ。「こんなに時間を持っているのに人様の世話になるのは申し訳ない」という殊勝な気持ちと、一方に、「ヘルパーさんの仕事くらい僕やりますよ」という、妙な意地があるのだった。

週末の夜間、ファミレスの宅配を始める

 毎日が介護を中心に回っていき、それなりに日々忙しいものだから落ち込まずにすんだが、「在宅」を始めてから仕事量はかなり減った。介護を理由に仕事をセーブしたわけではもちろんなく、高齢による自然減というところだろう。

 定年がないのがフリーのいいところだが、さすがに65歳を過ぎると声がかからなくなる。時流とのズレが生じフットワークも衰える。何より、長年のつきあいがある編集者の多くが定年退職し、あるいは偉くなって現場を離れてしまうのが痛い。

 若い編集者はやはり自分と同世代のライターの方と気が合うので、彼らのスタッフリストからどんどん消えていく。ライターに限らず、フリーランスならどんな業種も似たようなものだろう。同業者の中にはこれを見越して、50代で転職ししっかり安定を得た者もいる。

 さて、毎月の介護費用7万円が日に日に負担になってきた。なんとかこのくらいの定期収入が欲しい。となるともう、バイトをするほかない。9月の初旬、ハローワークに行き、その日のうちにバイト先を決めてきた。ファミレスの宅配の仕事である。

 67歳(当時)の高齢で、よく簡単に仕事にありついたと思われるだろう。実は私、学生時代はあまりバイトをしなかったが、50代後半からは土・日や空いた時間に副業をしていた。ダブルワーカーと言えば聞こえはいいが、本業一本で食えなかっただけの話である。

 ファミレスの厨房(3年半)、新聞の朝刊配達(5年余り)、和食の宅配(3年半)。他にも短期間で郵便配達、コンビニ、宅配便などをやってきた。バイトをすることにさほどの抵抗はない。高齢者の雇用は狭き門だが、ハローワーク経由だと求人企業は面接を断れないので、採用確率が高まることも知っていた。

 ただ今回は、介護の合間しか働けないという制約があった。フルタイムは無理でパートに限定。食事・排泄の世話をする時間帯を除くと、働けるのは早朝、午後の1時~5時、夜8時以降に絞られる。曜日は本業に支障のない週末。勤務地は自転車通勤可能な近場でなくてはならない。

 運よく、徒歩10分ほどのところにある「ガスト」が宅配員を募集していた。9月中旬から、週末金・土・日の3日間、午後6時から9時までの3時間働かせてもらった。時給約千円で、残業代を足すと毎月の賃金は約5万円。これを1年間続けた。

 年をとるごとにバイトはつらくなる。体力的衰えもあるが、今回特に感じたのは、電子化・デジタル化したレジ業務への対応力のなさだった。何種類ものカード、スマホ決済、割引クーポンなど、新入りの高校生がすぐ覚える作業が何度聞いても頭に入らない。同僚に迷惑をかけるし、そんな自分が情けなくなり辞めた。

 いいこともあった。それは、働いている3時間だけは頭から介護のことが消えることだ。おむつをつけた女房が家で待っていることも、汚れ散らかった食器の山も、配達中は完全に忘れている。デイサービスの最大の効用はレスパイト(介護家族の休息)にあるというが、それ以上だ。経済的にゆとりのある人がやる必要など全くないが、バイトが絶好の気分転換となることはお約束する。

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