「暗黙のルール」を破ると乱闘に発展も…元プロ選手に聞く日本とメジャーの違い

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 時代が平成から令和に代わり、昭和のプロ野球では日常茶飯事という印象すらあった“乱闘劇”も、めったにお目にかかることがなくなった。そんな令和のプロ野球にあって、あわや乱闘寸前となったのは10月3日のヤクルト対広島戦(神宮)でのことだ。

 13対0と広島の一方的なリードで迎えた、8回裏のヤクルトの攻撃。青木宣親が広島の2番手・菊池保則からふくらはぎに死球を受けて代走と交代すると、続く山田哲人の打席で三塁側から「もう一発いったれ!」の声が飛ぶ。これにヤクルトベンチが反応し、両軍ナインがグラウンド上に入り乱れて、責任審判の小林和公球審が警告試合を宣告する事態となった。

 直接の原因は青木に対する死球と、これに続くヤジ。しかし、元楽天監督の大久保博元氏が自身のYouTube『デーブ大久保チャンネル』で指摘していたように、広島が既に大きくリードしていたにもかかわらず直前の攻撃で盗塁を仕掛け、カウント3-0から打って出るなど「野球界の紳士協定」に反したことが“伏線”になっていたとの見方もある。

 大久保氏のいう「紳士協定」は、メジャーリーグでは「不文律(unwritten rules)」として古来より存在する。MLB公式サイトに掲載されている「野球『不文律』の概要」という記事では「大量リードをしている場面では、盗塁を試みたり、カウント3-0から打ってはならない」、「ノーヒットノーランを継続している投手を相手にバントをしてはならない」といったプレーに関するものから、ファンのマナーに関するもの(「大人がファウルボールをキャッチしたら、そばにいる子供にあげること」)まで、野球規則には書かれていない17のルールが紹介されている。

 ファンのマナーはともかく、プレーに関する「不文律」は日本にも存在するのだろうか? オリックスを皮切りに日本ハム、ヤクルトとセ・パ3球団で正遊撃手として活躍し、昨年限りで13年間の現役生活にピリオドを打った大引啓次氏に聞いた。

「僕が意識していたのは、試合の終盤に点差が離れていたら盗塁はしないという程度ですね。そもそも、そういうものがあるって知ったのもイチローさん、新庄(剛志)さんがメジャーに行ってからですから、僕が高校生の時ですよ。僕自身は大学で日米(大学)野球に出た時に、気を付けようと思いながら試合をしていた覚えがあります。そういう(不文律に反する)ことをしたら(報復の)デッドボールが来るんじゃないかっていう怖さは、アマチュアとはいえありました」

 アメリカでは幼い頃からテレビ中継などを通じて不文律の存在を知り、ティーンエージャーになれば少年野球チームの指導者から教えを受けるという。一方、日本では大引氏が「メジャーリーグの中継で知ったと思います」というように、アマチュア時代に不文律について教えられることはまずない。そこには「文化の違い」があると、大引氏は指摘する。

「日本の場合、アマチュア野球ってトーナメント文化なんですよね。そもそもコールドがあるんで、そういう(試合終盤で大量得点差がついた)場面って基本的にないんですよ。しかもトーナメントは負けたら終わりの一発勝負なんで、何点差あってもセーフティーリードとは呼べないというか、コールドになるまでは手を抜けないんです。特に高校野球までは金属バットを使っているわけだし、勝つまでは何点でも取るべきっていう考え方があるんですよ」

 プロに入ってからチームの先輩に教わったという選手もいて、球団によって違いはあるのかもしれないが、大引氏の場合は2007年にオリックスに入団してからも「不文律」について誰かに教えられることはなかったという。

「選手同士で(不文律について)話すこともなかったですね。ただ、パ・リーグではあまりにもこちらが(死球を)ぶつけられたら、ぶつけ返すみたいなことはありました。そういう場面で(味方の投手が)ぶつけ切らなくて、インコースに甘くなってガツンと打たれるのが、一番チームの士気が下がるというのは教えられました。セ・リーグではほとんどなかったですけど、パ・リーグは多かったと思います」

 今シーズン、不文律がクローズアップされたのは8月25日のヤクルト対巨人戦(神宮)。6点をリードした巨人が8回の攻撃でダブルスチールを企図した際に、テレビ中継で解説を務めていたヤクルトOBの笘篠賢治氏が「この展開の中で重盗というのは……。やっぱりそういったところって、野球界の中の暗黙のルールじゃないけど(不文律が)あるんですよ」と疑問を投げかけたのだ。

 この笘篠氏やYouTubeでの大久保氏の発言、そして大引氏の話を聞いている限り、少なくともゲーム終盤で大量得点差がついた場面での盗塁に関しては、日本でもご法度という認識があると言えそうだ。そこにあるのはメジャーリーグと同様、相手チームへのリスペクト、あるいはメンツをつぶさないようにという配慮だろう。ただし、大引氏は独自の見解を示す。

「これは線引きが本当に難しいんですけど、僕は6点差ならありだと思うんですよ。これが8点差だったら話は変わってくると思いますし、それで走って来られたら僕も怒るかもしれません。ただ、この点差でも向こうが仕掛けてくるということは『まだセーフティーリードじゃないぞ』っていうことですから、これはもしかしたらマイノリティーな考え方かもしれないですけど、僕は相手に対するリスペクトととらえてもいいんじゃないかなと思います。ただ、その辺りは時代の変化もそうですし、人それぞれ持っている野球観にもよるでしょうし、指導者の方針でもガラッと違うわけですから……。だったら早く明文化するべきかなと、僕は前々から思ってるんですけど」

 メジャーリーグでは今年8月17日(現地時間)、10対3とリードしたサンディエゴ・パドレスの8回の攻撃で、フェルナンド・タティース・ジュニアがカウント3-0から満塁ホームランを打ち、対戦相手のテキサス・レンジャーズの監督に苦言を呈されるという出来事があった。これに対してシンシナティ・レッズのエース、トレバー・バウアーがツイッター上でタティース・ジュニアを擁護するなど、さまざまな波紋を呼んだ。

 メジャーリーグでプレーした経験を持つある外国人選手が、「この10年ほどの間にメジャーの野球も大きく変わってきている。不文律を守らないことに対して寛容になりつつあるのも事実だし、その傾向はこれからもっと強くなっていくのではないか」と話していたことがあるが、かつてはメジャーの世界でも絶対的だった「不文律」に対するスタンスも、時代と共に変わりつつあるようだ。

 ちなみに日本には、メジャーリーグにもない不文律が存在する。それが「死球を当てた投手は、帽子を取って謝罪の意を示す」ということだ。

「それは子供の頃から教えられますね。僕は少年野球ではピッチャーをやっていたので、当てたら帽子を取りましょうというのは教えられました。でも、アメリカでは違いますよね。向こうでは『当てたけど、その代わりに一塁に行けるじゃないか』という感覚で、ピッチャーが謝る必要はないという考え方なんですけど、それも文化の違いですよね」(大引氏)

 だから、外国人投手も日本でプレーしている間は、打者に死球を当てれば帽子を取る。反対に死球を受けた外国人バッターが、帽子を取らない投手に激高したこともある。もう古い話になるが、1987年6月11日に熊本・藤崎台で行われた試合で背中に死球を受けた巨人のウォーレン・クロマティ(現巨人アドバイザー)が、帽子を取らなかった投手にパンチを浴びせたのは、今でも語り草になっている。

 大引氏も「日本独特の文化で、素晴らしいものだと思う」というこの「不文律」だけは、時代が変わろうとも日本では変わらずに受け継がれていくのではないだろうか。

菊田康彦(きくた・やすひこ)
静岡県出身。地方公務員、英会話講師などを経てライターに。30年を超えるスワローズ・ウォッチャー。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)

週刊新潮WEB取材班編集

2020年11月15日掲載

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