タイ反政府デモに「セーラー服」「ハム太郎」… 現地記者が最前線を実況中継

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ハム太郎の替え歌で行進

 タイの政治集会は、喜怒哀楽があふれる場でもある。活動家が登壇し、声を張り上げ政権を批判したかと思えば、権力者を嘲るコントが聴衆を沸かせる。化粧を塗りたくり、女装した司会が聴衆を盛り上げ、ときに未明にまでおよぶ集会に緩急をつける。

 タイでも人気のアニメ「とっとこハム太郎」のテーマ曲にのせ、学生たちが「国会解散!」と叫んでロータリーを走り回ったこともある。日本語が流暢な女子大生に、ハム太郎を知らないと言うと、「時代が違いますネ」と返された。

 毎回のように登場する有名アーティストもいる。自身のヒットソングの替え歌で「大トカゲ野郎のプラユット(首相)!」と歌い上げ、数万人がスマホのバックライトをかざして合唱する。その光景はさながら野外フェスだ。

 こう書くと、参加者たちの真剣さを疑う日本人もいるかもしれない。確かに取材を始めた当初は「若者の自己表現の延長では?」と感じたこともあった。だがデモに通い続けているうちに、彼らの覚悟が分かってきた。

 9月の大規模デモで、日本のセーラー服のコスプレをした33歳の女性、パットさんに出会った。金融関係の仕事に就く彼女に政治集会に参加する理由を尋ねると、「国のためよ。国が良くなってほしいの」と言われた。セーラー服を着たのは、「タイが日本みたいな本当の民主主義の国に早く変わってくれればいい」との願いからだ。

 デモ隊の要求はいま、これまでタブーとされてきた王室改革に踏み込んでいる。タイの王室は、絶対的な権威を持つ。国王らを侮辱したとみなされば、不敬罪に問われかねない。

「デモを楽しくみせることで、警察による介入を回避している」

 タイ人の知人から聞いたことがある。タイ政治アナリストの水上祐二氏(タマサート大学客員研究員)は、「緊張関係があまりに高まれば、物事がうまく解決できなくなることがある。リラックスする笑いが、タイでは必要になることがある」と説明する。センシティブな問題に切り込むからこそ、「降圧剤」としての笑いが求められるのだ。

 それでも緊迫感は高まっている。10月16日夜、警察はついに放水車を使い、バンコク市街地の交差点を占拠したデモ隊を排除した。雨傘や安手のレインコートで高圧水に対抗しようとした若者たちが、次々と蹴散らされていく。

 出張先のホテルでテレビ中継を見つめていたとき、LINE通話がかかってきた。集会で知り合った男子大学生だ。「日本にニュース、オネガイシマス」。勉強中の拙い日本語で訴え、通話は途切れた。2カ月前に「警察は怖いです」とはにかんでいた彼は、電話口の向こうにはもういない。タイで起きていることを伝えてほしいという想いが、胸に刺さった。

 政権側は、デモ隊のリーダーたちを相次いで逮捕し、組織の弱体化を狙っている。それでも集会はやまない。軍事政権の流れをくむプラユット首相の強権政治、活動家への嫌がらせ、社会の不平等。「もう何も怖くない」――。プラカードを手に無数の若者が街頭に繰り出す。原動力は怒りだ。

 集会が終わり、「お抱え運転手」が待つ約束の場所に向かうと、その姿は消えていた。どうやら他に上客を見つけたのだろう。ほかの運転手から「乗ってけ、乗ってけ」と声が掛かる間にも、若者たちがバイクの後ろにまたがり、次々と去っていく。

 プラユット首相は、デモ隊の辞任要求を拒否。政治的対立の出口はみえない。熱く、温かく、したたかな群衆の集いは、明日も続く。

渡邉哲也(わたなべ・てつや)
NNAタイ地域事務所・編集記者。2013年よりベトナム、19年よりタイでアジアの経済情報を担当。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年11月1日掲載

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