「三浦春馬さん」死去から3カ月 「気付いてあげられなかった」と悔やんでいる方へ

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遺書、ネットの噂について心理学者に聞いてみたところ

 俳優の三浦春馬さんが亡くなってから3カ月という月日が過ぎ去りました。ネットニュースで「三浦春馬死去」の報を目にした時の衝撃は今でも忘れられず、脳裏にべったりとこびりついております。そして今もなお様々な憶測、情報が流れているのですが……。

「長身と美顔」「屈託のない笑顔」「溢れ出る人柄」「卓越した表現力」。どれをとっても完璧な「俳優」「芸能人(芸に対しいかんなく能力を発揮する人物、ゲーノー人ではなく)」だったことに違いありません。

 傍から見れば順風満帆な芸能生活、しかしそれは傍から見ればであって彼の苦悩や苦痛というのは残念ながら誰にも見抜くことは出来なかったが故の終末だったのかもしれません。

「なんで気付いてあげられなかったのか?」「寄り添ってあげなかったのか?」。親しい関係にあった方々は今でも悔やんでいらっしゃるかもしれませんが、私はある心理学者の方から「自殺」に関してこんなことを聞きました。

「精神科医でも精神的病いを抱えている方の自殺を止められない場合は多々あります」

「もちろん、そのことに悩まれる医師の方もいらっしゃいますが、どうしても止められないことに関しては落胆こそすれど、他の患者さんへの影響を考えて平静を装うのも彼らの仕事であるわけです、ご理解いただけますよね?」

「そして自殺者の心理的側面を考えますと、例えば我々は高速で回っている飛行機のプロペラに手を突っ込もうとはしませんよね? プロペラどころか換気扇にだって扇風機にだってそんなことは出来ないと思いますし、想像しただけで血の気が引くと思います」

精神状態が乖離している

「しかし、自殺者はそんなことをも厭わずに、手が突っ込めるような精神状態に陥っているのでは? と私は思っております」

「現にこのたとえをある自殺未遂者に投げかけたところ、『それくらい麻痺していて平常の感覚はなかった』と答えた方が多くいました。なので、残された方々が悲痛を感じ悔やんでしまうことはあると思うのですが、決して自身に落ち度があったのでは? などと思わないで欲しいのです」

「残酷に言い切ってしまえば、自殺を選んだ人と普通に生きている人(残された周りの人々)では、精神状態が相容れないほど、乖離しているので」

 これは思ってもみない言葉でありましたし、思いもつかない発想でありました。

 そして他方でこの3ヶ月の間に様々な憶測がなされ、中には他殺説や陰謀論などもまことしやかに語られていることが大変気になります。

 まずは遺書に関するもの……。

 当初は「遺書が発見された」との報道があり、続いて「遺書のような言葉が書かれたノートがあった」に変わり、事務所の公式見解では「遺書はなかった」とされました。

 そして、マネージャーが発見時にはまだ息があったとの話も(これもうやむやになっています)。さらに火葬があまりにも早かったので「他殺を隠蔽するためにそうしたのでは?」といった憶測もされました。

 もちろん、どんなことにおいても言えることですが、報じられていることは全てではないものの、釈然としないものが残ったのは事実です。

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