気が付けば彼女に1年間も鏡を見せていなかった……──在宅で妻を介護するということ(第11回)

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「自宅で看取ることになるかもしれない」 そんな覚悟もしつつ、68歳で62歳の妻の在宅介護をすることになったライターの平尾俊郎氏。少しずつ回復する様に喜びを感じ、また家事に楽しみも見出しながら過ごしていたのだが、「男って駄目だなあ」と反省することも。

 体験的「在宅介護レポート」の第11回である。

【当時のわが家の状況】
 夫婦2人、賃貸マンションに暮らす。夫68歳、妻62歳(要介護5)。千葉県千葉市在住。子どもなし。夫は売れないフリーライターで、終日家にいることが多い。利用中の介護サービス/訪問診療(月1回)、訪問看護(週2回)、訪問リハビリ(週2回)、訪問入浴(週1回)。

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自分の名前が言えた でも旧姓だった

 早々と車いすを手配するほどの改善ぶりを示した女房だったが、やはり物事そうとんとん拍子には進まない。夏場に入ると、「在宅」はそんなに甘いもんじゃないぞと言わんばかりに、一進一退のもどかしい日々が2カカ月余り続いた(2019年6月下旬から8月)。

 車いすからベッドへの移乗失敗(一度床に寝かせたらベッドに戻せなくなった)に懲りて、動かそうとしなくなったのもいけなかった。7月に入るとベッドに根が生えたような生活が続いた。朝が来たのに一向に目覚める気配を見せず、昼過ぎまで寝ている日もあった。こんな日は目が覚めたところではっきりせず、亀のように見開いた目はぼんやりと天井を見ていた。

 そんな中、私を喜ばせたのは、自分の意志で便を出そうとする兆候が見えてきたことだ。おむつをとりかえている最中に、タイミングよく便を放出する場面に何度か出会った。はじめは、洗浄用のお湯の刺激で出たのだろうと思ったが、お湯をあてる前にも何度かあり、そこに意志が働いていることが分かった。

 思えば理にかなっている。女房にしてみれば、なるべく長い時間きれいなお尻でいたい。そのためには、出したその場で拭きとってもらえるおむつ交換のときを待つのが一番なのだ。看護師もそれに気づき、「腹圧が戻ってきましたね」と言ってくれた。良かった、トイレが一人でできる可能性が出てきたのだ。

 またこの頃になると、発語はさらに向上し、モノの名前ならだいたい言えるようになった。理学療法士が「これは何?」と指さすと、「トケイ(時計)」「ハナ(花)」「ボールペン」とすぐに出てきた。そして、自分の名前もよどみなく出るようになった。「お名前は?」と問われると、「トウドウ・ケイコ」としっかり答えたのである。

 ただし、トウドウは旧姓だ。ウソかホントか知らないが、戦国時代の武将で築城技術に長けた藤堂高虎の血を引くと聞かされていた。間違ってはいないし、ちょっと寂しい気もするがそれでもいい。交通事故などで頭を強打して意識が戻ったときなど、女性の場合は結婚前の姓を言うものなのだろうか。「ヒラオ・ケイコ」と言うまでにはそれから2カ月を要した。

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