「天才・長嶋、努力の王」はウソだった? 打撃コーチが明かしたミスターの素顔(小林信也)

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カメラマンに頑として

 私にも、長嶋の打撃論に驚かされた記憶がある。

 雑誌「ナンバー」の333号、背番号3のユニフォーム姿で表紙を飾る写真撮影。94年、監督復帰2年目のシーズン中のことだ。

 スタジオでカメラマンが上から糸でボールを吊りさげ、ちょうどいい場所にセットしていた。

「ここでバットを構えてください」、カメラマンが頼んだ。言われたとおり、バットをボールに向け、長嶋は即座に首を振った。

「ボールはここじゃありません」

 えっ? カメラマンも我々も理解できなかった。

「ボールはどこに来るか、わかりませんよね? ここが一番いいアングルで撮れるのですが」、カメラマンが遠慮がちに抵抗した。長嶋は頑として首を振った。

「いいえ、ここです」

 そう言って、ボールを腹の前の一点に動かし、

「ボールは必ずここに来ます」、真剣な顔で言った。

 それこそが、長嶋茂雄が到達した打撃の核心そのものだったのだろう。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

週刊新潮 2020年10月8日号掲載

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