交際相手と共謀して元夫を殺害した“カバコ” 自称「多重人格」と「ホラ」で裁判は混乱

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「知らない男が家に来て…。家族の意識はありません」

 こんな119番通報が寄せられたのは、昨年3月9日夜のことだ。下谷署の捜査員が現場となった東京都台東区のマンション居室に駆けつけると、住人の須藤大さん(52=当時)が亡くなっていた。

 通報したのは、同居していた内妻の坂下乃ぶ江(57)。彼女は、捜査員にこう説明した。

〈19時ごろ、宅配業者を名乗る男が「荷物です」と1階エントランスにある呼び鈴を鳴らした。須藤さんが定期購入している持病の薬の配達だと思い解錠し、自室の玄関ドア前で待っていると、エレベーターから降りた男に突然首を絞められて室内に押し込まれ、暴力を振るわれ気を失った。気付くと、男が須藤さんに馬乗りになり室内にあったベルトで首を絞めていた〉

 須藤さんの死因は、頸部圧迫による窒息死。捜査員が駆けつけた時、首に黒いベルトが巻かれたままの状態だった。

 当初、下谷署は“宅配業者を装い、部屋に押し入った男”が、須藤さんを殺害したとして行方を追っていた。だが、直ぐに部屋に物色の跡がみられなかったことが判明する。強盗目的ではない殺人として捜査を続けると、不審な点も浮かび上がった。現場に争った形跡もなく、犯人はおよそ30分の間、現場に止まっている。さらには内妻と頻繁に連絡を取り合っていた男の存在も明らかになったのだ。

 事件から約20日後、殺人容疑で逮捕されたのは内妻の坂下と、“部屋に押し入った男”で、坂下の交際相手でもある川井淳(62)だった。

 強盗に見せかけて殺害した動機は何だったのか。こうした事情がのちの裁判で当人らの口によって語られるのは、あくまでも被告が罪を認めている場合に限る。だが、今回両者とも法廷で不可解な供述を繰り返し、傍聴人を混乱の渦に巻き込んでいった。

 ともに殺人罪で起訴され、川井被告に対しては今年1月、坂下被告に対しては今年9月に東京地裁で裁判員裁判が開かれた。罪状認否で川井は「自分一人でやった。殺意はなかった」と主張、坂下は「自分はやっていない」と全面否認した。しかし、公判で明らかになった証拠は、ふたりの共謀を強くうかがわせた。

「記憶がよみがえった」

 冒頭陳述などによれば、坂下被告と須藤さんは1993年に結婚。2001年、坂下被告は当時働いていた性風俗店の客だった川井被告と男女の関係になる。翌年、川井被告は当時の妻と離婚。坂下被告も02年に須藤さんと離婚したが、その後も同居していた。事件当時、須藤さんは仕事をせずに自宅に引きこもる生活で、坂下被告は知人からの借金や、川井被告からの送金や生活保護で生活していたという。

 川井被告は奄美大島の老人ホームで働き、休日にはハブを捕まえて売る生活を続けながら、坂下被告に送金していた。その総額は286万円を超える。ところが事件前月に突然仕事を辞め、住んでいたアパートも引き払って上京。事件の1週間前には、坂下被告が金を借りていた女性に会い「借金は自分が肩代わりする」と話をつけた。坂下被告はこのとき、女性に「川井と結婚する」と話していたそうだ。

 公判では、事件発生当日に坂下被告から事情を聞いた下谷署の捜査員が証人出廷し、こう語った。

「一通り話を聞いて、なんか変な話だなと思いました。坂下被告は『犯人ともみ合った時にできた』という腕の傷を見せてきましたが、包丁でつけられた傷にしては、浅いので、自分でつけたのだと思いました。またご主人がベルトで首を絞められているのに、そのベルトが首から外されていない。犯人と争ったと言っていたのにその形跡もなかった。そして『包丁で犯人を刺した』と言っていたのに包丁には血がついていなかった……」

 現場の状況と坂下被告の証言の辻褄が全く合わなかったようだ。

 須藤さんの体内からは睡眠薬を含む14種の薬物を服用した形跡があった。この中には坂下被告に処方されていた薬物も含まれている。坂下被告は当初、宅配業者を装ってやってきた男が須藤さんを殺害したと語っていたが、事件から10日ほど経った頃、捜査員に突然「記憶がよみがえった」と連絡し「犯人は川井だった」と告げたのだという。これだけでも不可解極まりないが、それ以前には、こうも話していたそうだ。

「犯人は『山本(仮名)から頼まれた』と言っていた」

 逃走する犯人が“首謀者”の名を明かすとはにわかに信じ難いが、その「山本さん」も証人として出廷。川井の総金額とは比較にならないほどの金を坂下被告に貸していたことを明かした。首謀者どころか、実際は坂下被告に金を巻き上げられた被害者であった。

「(坂下被告とは)風俗の待機所で知り合いました。それ以降毎日のように坂下の家に通うようになりました。買い物を頼まれたり、DVDを観たり、食事したりして過ごしていました。
 金を貸した回数は数え切れない。合計1000万円以上貸してます。大きい金額では、坂下から『自分はガンで、抗がん剤治療をするのでまとまった金が欲しい』と300万円を。他には『政治家に貸して選挙資金に使いたい人がいるから、まとまった金が必要だ』と200万円……大切なお姉ちゃんだと思ってたんで貸しました」

 信用して金を貸したはずだったが、同時に不安も抱いていた、金を貸した数日後、「家に行ったら、家電が全部新しくなっていた」からだ。返済期日を過ぎても金が返ってこなかったため、家族らを伴い、坂下被告の家に向かうと、警察を呼ばれて追い返されたことも。結局、山本さんが貸した金は1円も戻って来ていない。また坂下被告は事件の1週間前、川井被告が借金返済を肩代わりすると伝えた女性にも、350万円を借りていて、こちらも返済はしていないそうだ。

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