「美智子上皇后」のご体調に異変 原因不明の微熱、左手に違和感も…
満身創痍
ご公務が軒並み取り止めの天皇皇后両陛下を始め、皇室のご活動にもコロナは多大な影響を及ぼしている。中でも美智子上皇后には長らくの「おこもり」でご体調に異変が。なんと、原因不明の微熱と左手の違和感というご症状が続いているのだという。
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「薄いサングラスにマスク姿でしたが、随分とお痩せになったように見受けられました。何しろ昨年5月の御代替わり頃から体重が激減し、現在も元の状態には戻られていないというのです」
そう話すのは宮内庁担当記者である。上皇后さまは今月11日、検診のため高輪の仙洞仮御所をご出発、宮内庁病院へと向かわれた。
「皇居内の生物学研究所に通われる上皇さまとご一緒に、皇居に入られました。美智子さまの外出は、4月に宮内庁病院の歯科にかかられて以来およそ5カ月ぶり。ご夫妻ご一緒の外出は、3月末に高輪に移られてから初めてのことでした」(同)
ご夫妻を乗せた車は、研究所を経由して宮内庁病院に。上皇后さまは、昨年手術した白内障や乳がんの術後検査などを受け、およそ5時間後に皇居を後にされた。
振り返ればこの十余年、上皇后さまは絶えずお体の変調に苛まれてこられた。そのお姿はまさしく「満身創痍」というほかなく、
「御代替わりの翌月、美智子さまは血液検査で、心機能が低下すると分泌されるホルモンの数値が高いことが判明しました。その後の心臓検査でも、心臓の弁が完全に閉じずに血液の逆流や不整脈が続いているという診断を受けています」(同)
これに先立つ2015年には、心電図検査で冠動脈に狭窄が見つかり、心筋の血流が悪くなる「心筋虚血」と診断されている。また、
「心臓の異変が見つかった直後、昨年6月には両眼の白内障の手術を受けておられます。かねて美智子さまはものが見えづらい症状を訴えられていたのですが“御代替わりを迎えるまでは陛下を支えたい”とのお気持ちが強く、手術を先延ばしになさっていたのです」(同)
原因不明の微熱
さらに昨年8月、先々の懸念となりかねない“病状”が宮内庁から発表された。
「定期健診のエコー検査で左胸乳腺に腫瘤が見つかり、MRI検査の結果、悪性が疑われる所見がみられました。あらためて組織検査を行ったところ、早期の乳がんと診断されたのです。9月に入って東大病院で1センチ弱の腫瘍摘出手術を受けられましたが、幸いリンパ節への転移もなく、術前と同じステージ1と診断されました。現在は、ホルモン療法が続いています」(同)
前述の通り、敷地面積が皇居の50分の1という高輪へご夫妻が移られたのは3月末。現在は朝と夕、ご一緒に庭を散策されているというのだが、
「実は体重の減少とともに、お引っ越しの直後から原因不明の微熱が続いています。当初は、お荷物の仕分けなどで朝から夜遅くまで根を詰めて作業されたことで、お疲れがたまったのではとみられたのですが、そうした状態が、かれこれ4カ月も治まらないのです」(同)
朝方は平熱であるものの、昼を過ぎると37度台まで上昇、就寝されると翌朝は下がっているといい、これが連日続いているのだが、先の記者は、
「上皇職は『ストレスが原因で熱が出るとは言いきれない』などとして『原因はわからない』を繰り返していますが、美智子さまは実に5カ月もの間、外出なさっていない。その間、予定されていた那須御用邸でのご静養は見送られ、また8月の草津音楽祭が中止となったこともあり、やはり恒例だった軽井沢と草津でのご静養も取り止めとなってしまったのです」
いずれも“県をまたぐ移動”への懸念が生じたことが一因だったという。長年積み重ねてこられたご公務から離れ、ようやくご自身のセカンドキャリアを迎えられようとした矢先、襲い掛かったコロナ禍。とはいえ、自粛ムードばかりが先行して貴重な外出の機会が奪われ、かえって心身の健康を損ねてしまわれたのだとしたら、まさに本末転倒である。
左手の感覚も原因不明
記者が続けて、
「数カ月間の微熱に加え、美智子さまには現在、左手の指に違和感があるというのです。上皇職によれば『こわばり』という表現を用いて、指が曲がらなくなったり物が持てなくなったりするわけではないものの、ご高齢でさまざまな症状が現れるとのことでした」
こちらも原因は不明だといい、
「美智子さまは最近、趣味のピアノをお弾きになっていない。それも指の症状が影響しているのではないかというのです。せっかく手に入れられた“ご自身の時間”が、こうしたご不調でふいになるのはさぞお辛いことでしょう」(同)
上皇后さまは05年から頸椎症に罹られ、11年には「頸椎症性神経根症」と診断されている。首から左肩、左腕にかけて痛みやしびれが認められ、腰痛を併発なさることもあった。宮内庁関係者によれば、
「それ以降、激しい痛みのために『みどりの式典』や文楽鑑賞などの行事を欠席されることもありました。また、痛みによってお声を出すのが辛い時もあり、筆談でやり取りなさることもあったのです」
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