「夏の甲子園」なきドラフト戦線で高校球児に“重大な異変” 悩み深きスカウトたち

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 8月10日から12日、15日から17日の計6日間にわたって行われた2020年甲子園高校野球交流試合。また7月から行われていた全国の独自大会も23日に終了した。春季大会の大半が中止となったことで、プロ入りを目指す選手にとってはアピールの場が少なく、またスカウト陣も判断が難しい年となっていることは間違いない。ただ、そんなコロナ禍の“異例の年”だからこそ、見えてきた傾向もある。

 まず今年の最大の特徴は、ストレートのスピードとそれに伴う投手としてのスケールがアップした選手が多いということだ。その双璧と言えるのが高橋宏斗(中京大中京)と山下舜平大(福岡大大濠)の二人である。

 高橋は昨年秋の明治神宮大会の優勝投手であり、その時点から有力なドラフト候補ではあったが、ストレートのアベレージは140キロ台前半で、本人も大学進学の意向が強く、4年後のドラフトで有力候補という見方が強かった。

 ところが冬のトレーニング期間を経て、春の自粛期間が明けた6月に練習試合が解禁となると、いきなり150キロを超えるストレートを連発。愛知県の独自大会、甲子園の交流試合でもその勢いは衰えることはなく、いま“今年のドラフトの目玉”とまで言われるようになっている。本人も交流試合後には進学を“基本線”としながらも、高校からのプロ入りの可能性について言及しており、今後の動向に高い注目が集まっている。

 一方、昨年から140キロを超えるスピードを誇っていた山下は、この1年間で見違えるほど体が大きくなり、最速は153キロまでアップしている。スケールの大きさでは高校生ナンバーワンという声もあり、こちらも有力なドラフト1位候補だ。

 また、この二人以外にも小牟田龍宝(青森山田)、内田了介(埼玉栄)、松本隆之介(横浜)、加藤翼(帝京大可児)、小林樹斗(智弁和歌山)などが軒並み150キロを超えており、昨秋の時点で、高校ナンバーワンと言われていた中森俊介(明石商)も交流試合でしっかり150キロをマークしている。既に進学を表明しているが、一條力真、菊地竜雅(いずれも常総学院)、篠木健太郎(木更津総合)といった面々もこの1年で見違えるほどピッチングが力強くなっている。

 この流れは高校球界だけではなく、大学球界にも及んでおり、8月10日から17日まで行われた東京六大学野球の春季リーグ戦では、早川隆久(早稲田大)、木沢尚文(慶応大)、高田孝一(法政大)、入江大生(明治大)など4年生のドラフト候補が揃って150キロ以上のスピードを叩き出している。

 自粛期間に全体練習こそできなかったものの、しっかりとしたトレーニングを行い、またいつも以上に休養をしっかりとれたことが身体的な面でプラスに働いたということが考えられるだろう。

 その一方で懸念すべき点もある。

 野球界では昔から“休み肩”という言葉があり、休養が十分だとその分体も軽く、投げ始めた時はいつも以上にスピードが出やすいが、その後、上手くコンディションを整えないと、大きく調子を落とすことも珍しくないと言われているのだ。

 実際中には自粛明けは絶好調だった投手が、徐々に調子を落としていった例もあった。さらに、気をつけなければならないのが故障である。体が大きくなってスピードが出るようになるということは、それだけ靭帯や骨にかかる負担も大きくなる。スピードが速くなると投手自身も投げるのが楽しくなり、ついつい投げすぎてしまうと傾向がある。こうした時期に故障する投手が多い事実がある。そのあたりはプロ側が、選手の状態をしっかりと見極める必要があるだろう。

 ここまでは投手について触れたが、逆に野手は難しい状況となっている。実戦不足は明らかで、独自大会や交流試合でもなかなか結果を残すことができない選手が多いのだ。甲子園の交流試合に出場したプロ志望と見られている有力選手の成績を並べてみると、以下のようになった。

井上朋也(花咲徳栄):4打席2打数0安打2四球
中山礼都(中京大中京):4打席3打数1安打1四球
小深田大地(履正社):5打席4打数1安打2打点1四球
関本勇輔(履正社):5打席5打数2安打1打点
内山壮真(星稜):4打席4打数0安打
入江大樹(仙台育英):4打席4打数1安打
来田涼斗(明石商):4打席打数1安打
山村崇嘉(東海大相模):4打席3打数0安打1四球
西川僚祐(東海大相模):4打席4打数1安打
西野力矢(大阪桐蔭):4打席3打数0安打1四球
細川凌平(智弁和歌山):5打席5打数0安打

 マルチヒットを記録したのは関本だけ。打点をマークしたのもその関本と同じ履正社の小深田の二人にとどまっている。自粛期間にパワーアップを果たすことはできても、投手と違って対応することが必要な野手の場合は実戦の少なさがマイナスに影響していると言える。スカウト陣は結果だけを見ているわけではないが、もう少し良いところを見せてほしかったというのが本音だろう。

 投手のスピードアップ、野手の打撃感覚、そのあたりをどう判断するのか。例年以上にスカウトの眼力が試されることになり、また球団による方針の違いが出てくる可能性が高いドラフトとなりそうだ。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月7日掲載

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