コロナ対策の「エセ配慮」は本当に必要? 非合理的なリスクゼロ主義(中川淳一郎)

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 今この原稿は、ネットの報道番組「ABEMA Prime」(アベプラ)の取材陣が私の事務所にいる状態で書いています。今回は密着取材がありまして、「アンタはどんな仕事っぷりなのさ、エッ! 教えなさい!」と言われ、実現したのです。

 36度の猛暑の中、3人の撮影クルーがやってきて、全員脇の下には汗びっしょり。それでも我が事務所内ではマスクを外しません。

「皆さんはコロナ感染者じゃないので、ここでは外してもかまいませんよ」と伝えたのですが、プロデューサー・K氏はこう言うではありませんか。

「いやぁ~、中川さんみたいに取材される側だったら構わないのですが、我々がカメラの中に見切れて(画面に入って)しまった場合、視聴者から『コロナ対策がなっとらん!』とお叱りを受けてしまいます。きちんと対策していることを画面からも伝わるようにしなくてはならないのです」

 これを聞いた時、「確かにそうだよなぁ」と頷く一方で、「そんなクレーム、無視すればいいんじゃね?」とも思いました。

 世の中はかくのごとく「大丈夫ですよ、気を遣っていますからね」式のエセ配慮がまかり通り過ぎています。最近発売された『自粛バカ』(池田清彦著・宝島社)という本は、リスクゼロを追求するバカな日本人像がコロナ禍によって炙り出されたことを、これでもかとばかりに実例と共に紹介する本です。

 この「リスクゼロ思考」ってヤツは厄介で、自分も含めて最近アホらしいな、と思うのはバスに乗る時です。よく東京・渋谷から六本木まで都営バスに乗るのですが、最後尾の席に座るようにしています。で、入ってくる乗客も次々と後ろの席の方に座るんですよね。

 小池百合子都知事ではありませんが、「密です!」と言いたくなるほど後ろの方がびっしりと埋まっていく。そして、前方はガラガラ。

 なぜそうなるのか。バスというものは、高齢者が乗る場合が多く、前方に「優先席」が配置されているため、若い乗客は皆この優先席を避ける。

「優先席に座る不遜な若者」と見られるリスクよりは「皆が選んでいる3密」を選ぶ方が、不届き者と見られるリスクは少ない、と考えてしまうのです。

 しかし、このバスに乗る人々は、始発の渋谷を除けば、高齢者や身体障害者はほとんど乗ってこないことを知っています。それなのに「もしかしたらおじいさん、おばあさんが乗ってきた場合、私が優先席に座っていたら人でなし扱いされるかもしれない……」といった恐怖を覚え、優先席に座らず、密な後部座席に座るんですよね。

 六本木では多くの人が降り、またそこそこ乗ってきて乗客の入れ替えが起こりますが、ここでも新たに乗ってきた客は後ろに集中。

「リスクゼロ」を無意識に判断し、瞬時に「より自分が非難されない方」を選んで非合理的な行動を取ってしまう。前述したABEMA Primeクルーのマスクについては、「クレームを受ける」という実害があるため、彼らの説明は理解できます。でも、誰もクレームをつけぬであろう「密集を避ける」ことより人目を気にする愚をリスクゼロ思考はもたらしてしまったのです。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2020年9月3日号掲載

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