「この人たち、超人だな」 訪問入浴サービスの手際に感嘆した日──在宅で妻を介護するということ(第7回)

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風のように来たりて風のように去る

 訪問診療の先生の話もしなければならない。月に1度の診療は、「在宅」を預かる私にとってとても大事な日だ。1カ月間の妻の病状や体調の変化を、平均15分間の短い滞在時間内に正確に伝え、主治医の所見を求め、必要とあらば処方箋に反映してもらう。

 もちろん、週2回の訪問看護も同じ医療法人から来てもらっているので(ここが非常に大事)、事前に大まかな情報は伝わっている。妻の体調や日々の介護の様子は、訪問看護に来た看護師が逐次端末に記録し、情報はその日のうちドクターと共有される。でも、百聞は一見に如かず。やはり先生に聴診器をあててもらい、両手をバンザイさせて腕の上がり具合を見たり、「ラリルレロと言って。次はパビプペポ」などと発語レベルを確認したりしてもらうと、介護者としては何だかとても安心できるのだ。

 こんなことがあった。「在宅」を始めて1カ月くらいして、毎朝測っている血圧、血糖値、1日の便の回数なども安定し、仙骨にできた縟瘡(じょくそう=床ずれのこと)も改善に向かっていたころのこと。顔に少しずつ表情が現われ、朝の「おはよう」が明瞭に聞こえるくらいになっていた。ただひとつ気になっていたのが尿の色である。黄色か橙色ならまだ分かるのだが、ファンタグレープというかときにワインレッド色を呈していたのである。

 1日1回、夜10時に尿をトイレに廃棄する度に、「もっとこわい別の病気になっているのでは」という不安が頭をもたげ、日に日に確信に変わりつつあった。看護師さんに聞くと、「たまにこうなる人がいるようですよ」と言ってくれるが、気休めかもしれない。しかし、訪問診療に来た先生に聞いて得心した。「アミノ酸と反応してこういう色になる人がいますが気にしないでください。量さえ出てれいば心配いりません」と明快なお答えをいただいたのである。

 専門が神経内科で認知症専門医であることも、統合失調症という精神疾患を抱える妻にとってラッキーだった。意識状態が改善されていく中で、時おり幻聴が聞こえているようなフシが見られた。何かを恐れているようでもあったが、先生の処方にブレはなかった。

「今は意識が戻っていく過程。ご心配かもしれませんが、精神系のクスリは元気になってからにしましょう」

 間髪を入れずに答えてくれて心強かった。

 そんなありがたい先生なのだが、とにかく忙しい。看護師を伴って前のめりでやってくると、ベッドの妻と二言三言話すと処方箋の指示を出し、次の訪問先に向かう。滞在時間は15分程度。風のように来たりて風のように去る──まさにそんな感じなのだ。

 それも無理からぬ話。訪問診療のニーズは年々高まる一方で、私がお世話になっている医療法人(外来なし。訪問診療に特化)だけで、大網白里市を中心に約900人の利用者を抱えているという。月1度の訪問として、4人の医師で分担しても訪問件数は1人当たり200件になり、週に50件を超える。半分近くが移動時間にとられることを考えると、決して先生を責めることはできないのである。

 むしろ、先生がすぐ去ることを前提としておく必要がある。でないと、次の機会までお預けになってしまう。

 聞きたいことはメモに書き出しておくこと。

 クスリの残量もあらかじめチェックしておくこと。

 要領がつかめた最近は、15分が決して短く感じなくなった。そう、みんな首を長くして待っているのだから。

平尾俊郎:1952(昭和27)年横浜市生まれ。明治大学卒業。企業広報誌等の編集を経てフリーライターとして独立。著書に『二十年後 くらしの未来図』ほか。

2020年9月1日掲載

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