コロナ過剰対策による「認知症パンデミック」の実態 医師が証言

ライフ 週刊新潮 2020年8月27日号掲載

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指定感染症から外すべき

「帰省しないでください、と強い調子で訴える知事は、一種のパニックになっているように思います」

 と、国際政治学者の三浦瑠麗さんが指摘する。

「日本は議院内閣制で、総理大臣は直接選挙で選ばれないため、国民との間に距離があります。一方、選挙で直接選ばれている知事は、民意の圧力に弱く、都道府県民が騒ぐとパニックになってしまう。現在、新型コロナウイルスが集団的なパニックを引き起こしているなか、知事自身も感染者数の増大を恐れるあまり、パニックになっているのだろうな、と思います。そういう意味で、地方自治体の首長はポピュリズムに陥りやすいのです」

 現在、多くの世論調査の結果、「Go Toトラベル」に8割を超える人が反対し、6割以上が緊急事態宣言の再発令を望んでいる。しかし、知事たちが集団ヒステリー状態で、そんな世論に迎合している以上、「命」は守られない。

 それより東京都知事であれば、次のようなメッセージをこそ出すべきだ、と三浦さんは提案する。

「東京都民を温かく受け入れてください。みなさん気をつけて行動すると思うので、仮に感染者が出ても差別しないでください。だれにでも感染しうる病気なので、特定の地方の問題にはしないでください。努力していれば必ず防げる、というものではありません。しかし、そこまで怖い病気ではありません――。専門家の知見を借りつつ、そういうことをそろそろ言うべきだと思います」

 世論に迎合せず、本当のことを冷静に伝える。そういう姿勢があってはじめて、高齢者の「命」は守られるのではないのか。

 三浦さんはまた同じ文脈で、新型コロナの指定感染症からの解除を提言する。

「新型コロナは“第2類相当の指定感染症”とされていますが、私は最初から反対でした。指定感染症にしての感染者隔離は、致死率が高い場合にのみ、人権上の問題と天秤にかけて正当化されると思います。しかし、2類に並ぶのはポリオ、結核、SARS、MERS等で、致死率や感染力に違いがありすぎます。指定感染症にするメリットは、情報の迅速な共有、患者の隔離ができることなどですが、日本では“できる”が“しなければならない”と変換されがちです。結果、軽症者や無症状者も隔離することになり、病床やホテルの確保が必要になる、という問題が起きています。柔軟な運用ができないのなら、指定感染症から外したほうがいいと思います」

 結核やSARSと同じだと言われたら、だれもが怖れるだろう。そのうえ指定感染症になっているばかりに、医療崩壊のリスクが高まっているのだ。経済学者でアゴラ研究所所長の池田信夫氏も言う。

「エボラ出血熱など危険性の高い感染症が1類で、新型コロナはそのすぐ下。だから、5類のインフルエンザはどの病院でも扱えるのに、新型コロナは限られた指定病院でしか扱えず、その貴重な病床が新型コロナの患者に占有され、中規模の病院がガラガラで経営不振、という状況に陥るのです。初期の、未知だった段階で2類に分類したのは仕方ないとして、7月の致死率は0・2%とインフルの0・1%並みに下がっているのだから、インフルと同程度の分類にすべき。そうすれば病床にも一気に余裕が生まれます」

 だが、なぜかそうした議論がなされない。

「本来、そういう主張をすべき野党が、もっと規制を強めろと言っている。知事も含め、強い警告をしたほうが人気は高まりやすいからでしょうが、政治家はもう少し理性的に行動してくれないと困ります」

特集「医師が証言! コロナ過剰対策で『認知症パンデミック』が起こっている!」より

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