クイックルワイパーが大活躍 プロにも絶賛された在宅介護での意外な使い道──在宅で妻を介護するということ(第5回)

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見上げればいつもクイックルワイパー

 病院とか病室を連想させるものは一切置かない──これを介護環境づくりのコンセプトにした。マンションの3LDKの部屋には、もちろん白衣も、消毒液も、ベッドと一体化した医療機器なんてありゃしない。だから病院らしくなりようもないのだが、在宅介護開始当初、必要な機材の中に病室感を一気に増幅させるものがあった。点滴などを吊り下げる医療用スタンド(点滴棒)である。

 食事の代用となる栄養剤を吊るすために必要なのだが、これが枕元にあるとどうにもいけない。カラフルなパジャマを着せても、あの無粋な棒が突っ立っていれば帳消しだ。それだけでなく、脚部が三又に開いているので場所をとり、ベッドの周りの通行の邪魔になる。私は、この医療用スタンドに替わるものを何とか家の中で見つけようと知恵を絞った。

 最初に、天井にカギフックをねじ込み、そこから長い紐のようなものを垂らして吊るすことを考えた。しかし、クロスを貼ってコンクリートっぽく見せた天井板は、ベニヤ板とは言わないが薄いペラペラした合板素材で耐久力に問題があった。次に、壁に引っ掛けることを考えたが、ベッドまでの距離が開きすぎてこれも却下。スタンドになる長い棒状のものはないかと、使わなくなったプラスチックの物干しざおやカーテンレールなどを引っ張り出してみたが、どれも脚部の安定性に問題があった。

 あきらめかけたとき、物置の片隅に立てかけてあった「クイックルワイパー」に目が留まった。フローリング床の清掃などに用いる掃除用具で、T字型になった先端部にウェットシートを装着して使う。そのかたちを見たとき一瞬ひらめいた。どう使ったかというと、押し入れの上の高さ40cmくらいの収納部分(天袋)の襖を開け、そこにクイックルワイパーの柄の部分を差し込み、上に重しとなる箱などを載せる。そして、ワイパーのT字部分が頭の上にくるようにセットする。そこにS字型のプラスチック製フック(100円均一で売っている)を下げ、栄養剤を吊るすのだ。

 これだと全く場所をとらない。食事時以外は頭上の空間にワイパーの棒だけが伸びているので妙な景色になるが、使い勝手は医療用スタンドにひけをとらない。看護師や理学療法士の反応はイマイチだったが、私は、このアイデアが大いに気に入っていた。

 あるとき、訪問看護ステーションの婦長さんが来た。頭上のワイパーを見るなりすべてを察し、「長年この仕事をしていて初めて見ました。素晴らしいアイデアですね」と大絶賛してくれた。我が意を得たりとはこのこと。私が小躍りして喜んだのはいうまでもない。

大丈夫、みなレンタルで行こう

「家で介護するといったって、ウチには体温計と血圧計くらいしかない。いろいろ買い揃えねば…」

 多くの人がそう考えると思う。でも、1年半経験して自信をもって言える。介護するのに特別な医療器具・介護機器はいらない。体温計と血圧計さえあれば「在宅」は十分可能だ。なぜなら、介護保険制度には「福祉用具レンタル」というありがたいサービスがあり、ベッド、車いす、歩行器・歩行車、つえ、浴室用リフトなどの必需品が、驚くほど低料金(自己負担1割)で借りることができるからだ。

 ちなみに現在、わが家でレンタルしているのは、ベッド(月額1650円)、エアマット(同824円)、ベッドのサイドレール(同74円)、サイドテーブル(同102円)、車いす(同800円)の計5点で、レンタル料は合計で月3450円なり。外で飲むのを1回ガマンすればいい。いたって経済的である。しかもレンタルだから、使い勝手が悪かったりしたらすぐに交換できるし、不要になればやめればいいのだ。

 クスリ代や介護事業所への支払いのほかにお金がかかるとすれば、消耗品購入のためのランニングコストである。おむつ、尿とりパッド、トイレに流せるお尻ふき、プラスチック製手袋、泡のハンドソープなど、下の世話関連の小物は切らしてはならない。それとティッシュペーパー、歯磨き用ティッシュ、皮膚をガードするワセリンなども必需品。「在宅」を始めてから、買い物の場はスーパーよりもドラッグストアになった。家の前に大手量販店があり、その点でも大変助かっている。

 唯一の大きな初期投資といえば、新規にエアコンを1台設置したことだ。病院で患者がパジャマ一枚の薄着でいられるのは、空調システムにより1日24時間、病室が適温にコントロールされているから。調べてみると、病室の温度は外気とあまり変わらないのが良しとされ、夏は25~27度、冬期20~22度がおおよその目安という。

 わが家はマンションだから、真冬でも室温が13度を割ることはないが、夏場はいけない。最上階ゆえに温度上昇が著しく、エアコンなしでは熱中症で命を落としてしまう確率が高い。リビングのエアコンが名目通りの働きをしてくれれば何とかしのげるのだが、10年以上前の旧型機で、盛夏は目盛りを最強にしても30度以下にならない。大家さんに交渉してもラチがあかず、新規購入に踏み切った。購入したのは6畳用エアコン、工事費込みで7万円であった。

 「在宅」を初めて1年半経つが、その後新たに買い足したものはない。つくづく「在宅」は、一般庶民にとってエコノミーでありがたい介護法だと思う。部屋の風景も最初とほぼ変わらない。大活躍してくれたクイックルワイパーは、昨年10月に経管栄養のチューブが外れ口から食べられるようになったおかげでお役御免となったが、今は、本来の掃除用具としての務めを立派に果たしている。

平尾俊郎:1952(昭和27)年横浜市生まれ。明治大学卒業。企業広報誌等の編集を経てフリーライターとして独立。著書に『二十年後 くらしの未来図』ほか。

2020年7月30日掲載

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