堂本剛が自宅からのラジオ番組で泣く2カ月…世界が痛むと、堂本剛の心も痛む

エンタメ 芸能 2020年7月29日掲載

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ジャニー喜多川によって最初につけられたコンビ名「KANZAI BOYA」を

 もちろん、ラジオのみに焦点をあてず、他の活動も見れば不安要素だけではない。

 6月はKinKi Kidsの新曲と堂本剛のソロプロジェクトであるENDRECHERIのアルバムが同時発売され、事務所をあげたチャリティープロジェクトTwenty☆Twenty「smile」(曲の冒頭は堂本剛のソロによる歌唱)など、リリースとしては精力的な活動が続いた。

 またネット展開には慎重な姿勢を見せていたジャニーズ事務所が、音楽配信サイトにて、嵐の次に楽曲解禁をおこなったのは堂本剛だった。彼のソロプロジェクトの2009年~2019年の楽曲が各種ストリーミングサービスなどで聞けるようになっている。ジャニーズファンに限らず、評価の高い堂本剛の楽曲が、広く触れられる機会を得られるのは、朗報である。

 そして、ジャニー喜多川が亡くなって1年が経つ今、感じられるのが「やはりKinKi Kidsこそがジャニー喜多川イズムを引き継ぐ、ジャニーズの王道タレントとして生きていってくれるのではないか」という期待である。

 SMAPは解散し、嵐も活動休止を控えている。2人と同年代であるTOKIOの長瀬智也もジャニーズ事務所を退所し、TOKIOは形態を変える。

 そんな中、ジャニー喜多川が亡くなってからのこの1年間、KinKi Kidsの2人は特にジャニー喜多川を想う発言が多い。

 6月17日に発売した「KANZAI BOYA」は、ジャニー喜多川によって最初につけられたコンビ名「KANZAI BOYA」をそのままタイトルにし、堂本剛が作詞・作曲。天国にいるであろうジャニー喜多川の描写なども含まれた歌詞に、KinKi Kids用ではなく、ソロプロジェクト用に作ることの多かったファンクの楽曲がのり、故人を想う素晴らしい曲となった。初回限定版には、故人の被っていた帽子を模した帽子が封入されるなど粋な演出も光る。

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