尖閣周辺で中国公船100日連続確認の異常事態 中国「外交部」幹部“トンデモ発言”の読み方

国際 中国

  • ブックマーク

Advertisement

中国が切り出した“密約”

 そして10年9月、尖閣諸島で中国漁船衝突事件が発生する。旧民主党の指示を受け、篠原氏は北京に飛び、中国政府と交渉にあたった。

 当然ながら篠原氏が日本共産党に所属していたことと、中国の軍事事情に精通、党・軍関係者とのパイプがあったことが理由だった。

「中国船が日本の巡視艇2隻を破損させたことなどから、海上保安庁は船長を公務執行妨害の容疑で逮捕しました。最終的には中国側も認めましたが、船長は酒に酔っていました。また私たちは、船長が過去にも問題操船を行っていたことも把握していました。船長の逮捕は当たり前のことでしたが、中国は当初から激しく日本を非難したのです」(篠原氏)

 中国は当時の丹羽宇一郎大使を呼びだして抗議、船長と船員の釈放を求めた。それに対して日本政府は船員を帰国させ、漁船も返還したものの、船長は勾留を延長し、起訴する方針を固めた。

 すると中国は報復措置に踏み切った。在中国トヨタの販売促進費用を賄賂と断定して罰金を科し、中国本土にいたフジタの社員を「許可なく軍事管理区域を撮影した」として身柄を拘束。さらに、レアアースの輸出を事実上停止した。

「中国側は私たちにも強硬な姿勢を変えず、いきなり『なぜ密約を違えたのだ』と糾弾してきたのです。最初は何のことか分からず、戸惑いました。その時、同席していた外務省担当者の、しれっとした表情は、今でも忘れられません」(同・篠原氏)

“警察権の行使”

 結論から言えば、橋本龍太郎(1937~2006)政権の時、日本政府と中国政府は『尖閣周辺で相手国の逮捕者を出した場合、起訴せず、48時間以内に相手国へ引き渡す』という密約を結んでいた。

「現在のように尖閣問題で中国が強硬姿勢を打ち出す前で、主に漁船の違法操業による拿捕を念頭に置いた約束でした。1978年の日中平和友好条約を結んだ際の“尖閣棚上げ論”と同種の取り決めと言っていいでしょう。外務省は旧民主党に、この密約を教えていなかったのです」(同・篠原氏)

 密約に従ったかは不明だが、自民党が与党だった時代、政府が起訴せず釈放したケースがある。2004年3月、尖閣諸島への中国人不法上陸事件が発生した時だ。

 沖縄県警は7人を逮捕したが、最終的に送致は見送った。その日の夕方に開かれた首相会見で、当時の小泉純一郎首相は、以下のように説明した。

「問題が日中関係に悪影響を与えないように、大局的に判断しなければいけない。そういう基本方針に沿って関係当局に指示しておりますので、その指示に従って適切に対処していかなければならないと思っております」

 以上の経緯を踏まえ、篠原氏は今年7月6日に開かれた中国外交部の記者会見に注目する。

次ページ:中国は「密約は破棄」と宣言

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。