法律を時代に合った形に作り変える――金丸恭文(フューチャー会長兼社長 グループCEO)【佐藤優の頂上対決】

ビジネス 週刊新潮 2020年7月23日号掲載

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成長を阻む法律

佐藤 今回のコロナの社会への影響はどのようにお考えですか。

金丸 世界中、それぞれの国ごとにウイークポイントが明らかになったと思います。日本もはっきりとわかりました。規制改革を担当しているから余計に強く感じるのですが、日本の法制度は、前提がまるっきり変わってしまっているのにそのまま使われているものが非常に多い。ようやくリモートワークが浸透してきましたが、法律では書面や対面が原則になっています。そして原本を出せと言う。すると、このデジタルの時代に、コピーと区別するため判子が必要になる。

佐藤 原本重視はここ300年くらいの流行です。ビザンチン帝国のイコンには、原本とコピーという発想はありません。同じ流派で同じ描き方のものを作ったら、効力はまったく一緒です。

金丸 印刷物だって、みんな原本ではない。原本なら1冊しか売れない。

佐藤 中世の文書は、同じものでも異同がありますが、それは改竄ではありません。正しいと思ったことを書き込むから、いろいろ異本が出てくる。印刷機によって同一のテキストが共有できるようになって、たかだか500年しか経っていません。

金丸 コンピュータ上では、原本もコピーも文書をダンプ(出力)して0と1にしたら、同じです。

佐藤 今回のコロナでは、オンライン診療やオンライン教育が注目されました。

金丸 オンライン診療は、初診対面の原則が特例で緩和されましたが、反対も多く、一時的な措置です。またオンライン授業は、原則的には受信側に教師がいなくては単位認定できないという規制があります。そうすると家庭でのオンライン授業は成り立たない。先生の身分保証のために規制がある感じです。

佐藤 私は埼玉県立浦和高校で2年間教えたのですが、たいへんでしたよ。教職は高校までは免許制です。

金丸 都道府県が免許を出しますね。

佐藤 だから私は教育補助員という位置づけでした。授業の間、誰か先生が張り付いていましたね。私の同級生が教師として同校にいたから例外的にできたんです。

金丸 もう時代に合わなくなり、成長の妨げとなっている法律はたくさんあります。個人情報保護法は、データがさして重要ではない時代に作られたものですし、労働基準法は、明治大正時代の工場法をもとに作られたもので、自由に働くという発想がない。最近でも、ドローン規制は、日本社会を5年遅れさせたと思っています。

佐藤 どういうことですか。

金丸 いまは改正されましたが、ドローン規制は日本の技術革新を大きく阻害しました。当初、ドローンを無人飛行機、要するにオペレーターが操作をするラジコンと同じものだと考えていた。だから手元の操作に夢中になるオペレーターの隣でドローンを目視している人が必要という法律になりました。でも自律飛行するドローンは地図を持ち、カメラを目の代わりにして飛ぶわけです。そして人間が行けないところへ飛ぶことに価値がある。でも法律がそうでしたから、開発が進まなかった。

佐藤 ドローンは中国が圧倒的に進んでいます。

金丸 自由に実験できたからですよ。もうひとつ例を挙げると、船です。かつて飛行機にも航空機関士の同乗義務がありましたが、船にも機関士が乗らなくてはいけないという法律があります。ただ、小型船だけは例外とした。その結果、日本中どこの漁港に行っても、小さな船ばかりが並んでいます。でもそれだと生産性が低いし、一回出ていくと小魚も含め全部獲ってくるので、資源管理にもよくない。漁業の成長の可能性を制限する法律ですから、エンジンの技術革新に合わせて、タイムリーに見直すべきでした。

佐藤 確か金丸さんは規制改革推進会議で、農林水産業改革も担当されていましたね。

金丸 そうです。日本人は他国に比べ道徳心や自制心が身に付いてます。だから日本の規制は世界の半分程度で十分だと思うのです。

佐藤 今回の自粛でも発揮されましたが、日本には、天子の行動を国民が自発的に支えていく翼賛の伝統もあります。

金丸 それなのに至る所に安全安心のため、国民を守るためと称して、規制や煩雑な手続きがある。他の国の新しいプレーヤーたちは、21世紀を新天地として新しい世界を作り出しているのに、日本はそれができていません。新しい時代になれば、滅びていく業種もあれば、企業もある。そしてその代わりに生まれてくるものがあります。でも日本は滅びていくものを法律で守って、新しい芽吹きが生まれにくい環境にあります。だから法律を時代に合った形に変えることが必要です。それが我々の世代の責任だと思っています。

金丸恭文(かねまるやすふみ) フューチャー会長兼社長 グループCEO
1954年大阪生まれ。神戸大学工学部卒。会計システムを手掛けるTKCに入社、ロジック・システムズ・インターナショナルに転じ、16ビットパソコンの開発に携わる。NTTPCコミュニケーションズを経て89年、フューチャーシステムコンサルティング(現フューチャー)を設立。また政府・官庁の委員も多数務める。

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