「マイナンバーカード」や「コロナ接触確認アプリ」はなぜ普及しないか(古市憲寿)

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 マイナンバーカードの普及が進まない。制度開始が2016年だというのに、交付率は今年の6月1日の段階で16.8%に留まる。

 当たり前だと思う。メリットが不明瞭だからだ。カードを持つことで、具体的に何がどう便利になるかがよくわからない。

 総務省のウェブサイトには「公平・公正な社会の実現」「行政の効率化」「国民の利便性の向上」という三つの意義がうたわれているが、3番目以外はユーザー(国民)には関係のない話。「行政の効率化」なんていう「お上の都合」をウェブサイトに堂々と記載してしまうあたり、決定的にセンスがないと思う。

 日本で最も普及しているカードの一つに運転免許がある。取得には自動車学校に通ったり試験料を払ったり、多額のコストがかかるのに保有者は約8216万人。これは運転免許には「車やバイクを運転できる」という単純明快なメリットがあるからだ。

 だが国目線で考えると、免許は国民の管理に有効な制度である。運転者のレベルを一定以上に維持できるし、違反者への取り締まりもしやすい。しかし「警察行政の効率化に協力しよう」と思って免許を取得する人はいない。

 民間でいえばTカードの累計発行枚数は日本の総人口を超える。これも「TSUTAYAを経営するCCCにせっせと個人情報を提供して、マーケティングに役立ててもらおう」と思って登録する人は皆無だろう。ほとんどの利用者はTカードの発行時「ポイントがついてお得」くらいにしか思っていない。

 翻ってマイナンバーカードは「お上の都合」が先行して始まった。特別定額給付金の申請時には大混乱が起こったり、悲惨な状態が続いている。

 そりゃ普及しないのも当然だろう。今になって国は運転免許や国家資格証との一体化の可能性を探り始めたようだ。また、2021年3月からはマイナンバーカードが健康保険証代わりになるという。便利になっていいのだが、なぜ制度開始前に同様の議論を進めなかったのか。恐らく縦割り行政を壊しきれなかったのだろう。今度こそうまくいくかは見物である。

 鳴り物入りでリリースされた新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)も、いかにも「お上」が作ったというクオリティだった。

 普通、人は「いいこと」を期待してアプリを入れる。ゲームができるとか、電子書籍を読めるとか具体的なメリットだ。しかしCOCOAで「いいこと」は起こらない。感染者と濃厚接触をした場合に通知が来るだけ。つまり「悪いこと」しか起こらないアプリなのだ。せめて通知があった人は医療機関で診察や検査が迅速に受けられるといった「いいこと」があれば、普及率も変わるのかも知れない。

 偉い立場にある人ほど大局が見える。しかし見えすぎるあまり、国民やユーザーの目線を忘れてしまうことがある。政治家のうち何人がCOCOAをインストールしたのだろう。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2020年7月23日号掲載

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