新型コロナ「最前線の医師」が語る壮絶な現実「iPadで家族の顔を見ながら亡くなっていく…」

国際 2020年5月2日掲載

  • ブックマーク

「今日、何人の患者さんを診たかって? 分からないです。日本じゃイメージできないだろうけど、ER(救急救命室)で、同時進行で10人~20人を診ているから」

 こう話すのは、米マサチューセッツ州ボストン市のブリガム・アンド・ウイメンズ病院救急部で働く、ハーバード・メディカル・スクール(ハーバード大学医学大学院)助教授の大内啓さん(41)。新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、マサチューセッツ州の感染者は62,205人、死亡者は3,562人(4月29日現在)。州一つで日本全体よりも遥かに多い。その救急の現場はどんな状況なのか――。(※インタビュー取材は、2020年4月末に行われたものです)

瀕死の状態以外の「全患者」の退院させた

「研究は一切ストップせよ。全スタッフ、臨床に入れ。従前の倍、働け」

 と、ハーバード・メディカル・スクールの全研究者に緊急指令が下りたのは2月上旬。終末医療を研究する大内さんは、元よりブリガム・アンド・ウイメンズ病院の救急部のシフトに月8~9回入っていたが、以来、14回入ることになった。1回が2日間をまたぐこともあるので、14日ではない。

「勘弁してくれよ、と正直思いました。怖い。私自身、常に感染リスクを背負う」

 大内さんによると、米国には日本の保健所に該当する州の公的機関がなく、緊急時の対応も各病院に委ねられているという。2月下旬、マサチューセッツ州の11の主たる病院が「手術中止・延期」とアナウンスした。793床の総合病院、ブリガム・アンド・ウイメンズ病院もその一つで、すべての入院患者に「すぐに出て行って」と退院を要請し、瀕死の状態以外の全患者を退院させたという。コロナ感染患者にベッドを空け、集中治療に備えるためだ。救急以外の外来の受付も止められた。

救急車5台が同時に到着

 すぐさまブリガム・アンド・ウイメンズ病院の屋外にテントが張られ、その中でPCR検査が行われ始めた。検査後、陽性の人に「自宅に閉じこもり、少なくとも2週間は外に出るな。トイレは専用に。手を洗え。マスクをせよ。ベッドからトイレまで歩けなくなるほどになったら病院に来るように」と電話で指示。

 したがって、救急部に運び込まれるのは、かなり呼吸困難になった人たちだ。通常通り、交通事故等での大けがや脳梗塞、普通の肺炎などの人も運び込まれる。

「以前からですが、救急車5台が同時に到着することも珍しくない。すでにERに患者が何人入っていても、受け入れを拒否できません。私たちには、複数の患者を並行して看るスキルがある」
 
 大内さんは、ニューヨークの病院の救急科で5年間の臨床経験を積んだ。ブリガム・アンド・ウイメンズ病院の救急部は、大内さんのような指導医65人、研修医60人、フィジシャン・アシスタント(医師の医療行為の約8割を行う資格を持つ有資格者)65人の体制。分業になっているICU(集中治療室)にも、ほぼ同数のスタッフがいる。通常時の1日の救急患者数は200人~250人、緊急体制後は約170人。

「私たちは、すべての救急患者が保菌者かもしれないと認識し、防護服の上にガウンを着用。N95マスク(米国労働安全衛生研究所規格に合格したマスク)を装着した上に、普通のマスクを2枚かけ、その上にゴーグル。さらにその上にフェイス・シールドを付けて、すべての患者を診ています。この防護だけで十分かどうかは分かりませんが」

「PCR検査」は挿管して人工呼吸器を装着してから

 では、どんな治療を行っているのか。

「ひたすら挿管です。運び込まれた患者の動脈血酸素飽和度をパルスオキシメーター(指に装着する計測器具)で計る。50%で、そのままなら3分で死ぬというケースも少なくなく、いかに早く、的確に挿管し、肺に酸素を送るか、です。採血を先にやっていたら、その間に死んじゃうじゃないですか。PCR検査、レントゲン、CT などは、挿管して安定してから」

 通常なら、挿管直前に家族に立ち会わせ、「何か言いたいことはありますか」と聞く。息絶え絶えで「ありがとう」「愛してる」などと言い残す人が多い。しかし、家族の病院立ち入りは厳禁だ。「辛い」と大内さんは言う。

「今日、大変な患者がきた。55歳の白人で、150キロほどありそうな大男。酸素レベルが非常に低いのに、『挿管されたくない。死ぬほうがマシだ』と治療を拒否しました。助かる見込みのない老人ならまだしも、まだ働いていて、家族もいる人なんですね。そんな人を死なせるわけにいかない。」

 以前から、例えばひどい酔っ払いなど、治療を拒否する救急患者は「うんざりするほど」いるという。なかには大暴れする患者もいる。「100~150キロの大男が、死ぬ気で暴れたら、どうなると思いますか?」と大内さん。床に固定されたベッドでも持ち上げ、投げつけられることもままあるらしい。

あまりに孤独なコロナ感染患者の死

 目下のブリガム・アンド・ウイメンズ病院の入院患者数は約180人。まだ余裕があると思われるが、「全然無理。ICUでは患者1人につき1人の専門看護師がつく決まりなので、もうすぐ足りなくなる」と。同病院が所有する250の人工呼吸器のうち、100が使用中だという。
 
 ブリガム・アンド・ウイメンズ病院の全スタッフ1万9000人のうち2801人がPCR検査を受けた。そのうち、11・6%にあたる326人が既に陽性とのことだ。「自分が保菌者になっている可能性もゼロでない」と、大内さんは言う。妻と小学生の子ども2人と暮らすが、帰宅後、シャワーに直行し、その日着ていた服を全て洗濯する。家の中でもマスクを着用し、トイレも家族と別にしているという。日本とは規模も体制も異なる。しかし、「なんとかしたい」の思いと、身を呈しての働きは同じだ。

 繰り返すが、病院内は、患者とスタッフ以外立ち入れない。「iPadで家族の顔を見ながら亡くなっていく人」が絶えないが、回復して退院する人が「つい先日、初めて1人出た」のが希望だと大内さんは言った。

井上理津子 いのうえ・りつこ
1955(昭和30)年、奈良市生れ。フリーライター。京都女子大学短期大学部卒。タウン誌記者を経てフリーに。人物ルポや旅、酒場をテーマに執筆してきた。2010(平成22)年、長く暮らした大阪から、拠点を東京に移す。著書に『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師たち』『親を送る』『関西かくし味』『遊廓の産院から』『名物「本屋さん」をゆく』『旅情酒場をゆく』『はじまりは大阪にあり』『大阪下町酒場列伝』『すごい古書店 変な図書館』、『ポケット版 大阪名物―なにわみやげ―』『関西名物 上方みやげ』(共著)など。

デイリー新潮編集部