三重県でLGBT「アウティング」を条例で禁止へ 当事者からの“異論”

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 当事者無視で「善意」の周囲が暴走。「人権運動」にありがちな構図のひとつである。近年、関心の高まる「LGBT」問題はどうか。折しも、都道府県で初めてとなる「アウティング」禁止条例の制定が進められているが、この条例について、当事者からの「異論」。

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「聞いた瞬間に、“これはノンケが頭で考えた条例だな”と思いましたね」

 と述べるのは、元参議院議員で、同性愛をカミングアウトしている松浦大悟氏である。

 動いているのは三重県だ。LGBTなど性的マイノリティについて、性に関する情報を本人の同意なく暴露する「アウティング」。その禁止を含む条例の制定を検討中である。

 アウティングといえば5年前、一橋大の学生がそれを苦に命を絶ったことは記憶に新しい。マイノリティへの朗報、と思えるのだが、

「LGBTを巡るコミュニケーションが、逆に過度に萎縮する危険性があるのでは、と思います」

 と、松浦氏が続ける。

「LGBTのカミングアウトの実態について理解してもらっているのでしょうか。アウティングとは、カミングアウトしていない人が性的指向や性自認を公に暴露されることですが、同性愛者って“まだら模様”にカミングアウトしている人も少なくない。会社ではしていて、町内会ではしていないとかですね。その範囲は第三者にはわからない。でも、この条例では、迂闊に後者のコミュニティーで話してしまえば法に抵触する可能性もある。となれば、触らぬ神に……で、当事者同士でさえもセクシュアリティーに関する話をすることに常に緊張を強いられ、胸襟を開いた議論ができなくなってしまう」

アジールとしてのゲイバー

 もちろん配慮のない、面白半分のアウティングなどは論外だ。しかし、

「例えば、ゲイバーなどは、学校や職場ではオープンにできない心を開放する場であり、アジール(聖域)としての機能を果たしてきました。そこで、他のゲイについての話をしたら法に触れる、となればどうでしょうか。腹を割った話は何もできなくなりますよね。LGBTから相談されたら墓場まで持って行かなくてはならなくなるとすれば、そんなリスクのある人間には近づくのはやめよう、となる人が出てもおかしくありません」

 法の力を借りて手厚い保護をしようとした結果、逆に自然なコミュニケーションの壁になってしまう。かえってLGBTが「タブー化」してしまうのではないか、と危惧するのである。

 近年では、同様にLGBTの権利保護を目的とした施策が相次いでいるが、

「あまりに安易に作られている傾向があります。例えば、一昨年、LGBTが使いやすいようにと、大阪市が庁舎などの多目的トイレにレインボーマークを付けた。ところが、当事者から“カミングアウトを強いられるようなもの”と批判があって撤去することになりました。もちろん善意からなのでしょうが、当事者の認識への真摯な洞察に欠けているのです。そしてマスコミもそうした点には口を閉ざす……」

 権利保護を理由に、当事者が生きづらくなる仕組みを作らないでほしい、と訴える。

「LGBTがノンケの人と共生するためには、地道な努力ですが、双方が信頼関係を築く方向に議論を進めるべきです。法で人々の言動を上から形式的にコントロールしようとするやり方では何も得られません」

 けしからん、法で縛れ、というのは、あまりに短絡的。人間理解が浅い、との指摘は免れないだろう。

週刊新潮 2020年7月9日号掲載

特集「浅はかな『正義』」より

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