三浦瑠麗が娘に贈った「童話」の中身

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 常に冷静、静かな口調で語りかける。時に相手を理詰めで攻めていく。テレビではそんなイメージが強い国際政治学者の三浦瑠麗さん。

 著書はといえば、デビュー作の『シビリアンの戦争』に始まり『21世紀の戦争と平和』など、専門の安全保障や政治、社会問題関連の、どちらかというとハードな内容のものが目立つ。

 が、実は「童話作家」としての顔も持つという。

 もっとも、今のところ読者は9歳の娘さん一人だけ。娘さんは、ママの創作する童話が大好きなのだ。仕事でヘトヘトの時でも、ママとしては娘さんのリクエストには抗えないことも多々あるようで、新著『私の考え』では即興で童話を作ったエピソードが紹介されている。

 一体、どんな話なのか。同書からこのエピソードを綴ったエッセイ「月くんと惑星くん」を全文掲載しよう。

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月くんと惑星くん

 このあいだ、久しぶりに温泉につかっている間に、いつもの「ママの作ったお話を聞かせて!」というおねだりが始まった。私たちは少し肌寒いくらいの外気の中で、出たり入ったりしながら、たくさんお話をする。学校であったこと、好きなお友だちのこと、空想。中でも彼女が一等好きなのが、ママの作るお話。登場人物の指定から始まって(ムーミンと、リトルミイと、あとお馬と、あたしね)、冒険譚を聞きたがる。とりわけ重要なのが持ち物で、リュックに詰めこむものの説明にわくわくして目を輝かせる。

 ただ、その日、私はとても落ち込んでいた。久しぶりに体がこわばって、うまく頭も働かず、ぼろ雑巾のようになっていた。精神に一本しか張り詰めた糸が残っておらず、ぷつんと切れれば手足を動かすこともできなくなるのではないか、という気がしていた。

 そういう状態では、身長の倍もある巨大テーブルの上に並んだ赤いつるんとしたゼリーや、赤や青に光る小石の入ったかごや、エメラルド色に光るごわごわした肌を持つ火トカゲの話など浮かんできそうにもなかった。アーモンド形の目をしたネコが誘う、暗く深い森の奥に生えているキノコや、大きな樫の木を取り巻く妖精の輪について、秘密めかした口調でしゃべるだけの元気もなかった。

 そこで、私は、夜空を見上げた。ぼんやりと曇った月影がカラマツの枝先に宿っていた。子どもは私の膝の上に座って、尽きせぬお話があふれ出てくることを信じ切った眼差しで見上げている。私は、のろのろと言った。

 あるところに、月くんがいました。

 そうしたら、次の言葉がスラスラ出てきた。

 そして、惑星くんもいました。ふたりは友だちでした。月くんは毎日惑星くんのところへ出かけて行って、遊びに誘いました。

 ある日、月くんが惑星くんのうちにいって、なわとびをしようよ、と誘うと、惑星くんはベッドに入ったまま、しくしく泣いていました。なぜ泣くの?と聞くと、惑星くんは、すすり上げながらこう答えるのでした。だって僕のからだは月くんのみたいにぴかぴかつるつるしていないんだもの。黄色く光っていないし、でこぼこで醜いや。

 月くんは、それを聞くと一生懸命、惑星くんをなぐさめ、抱き起して着替えさせ、お風呂に入れ、体をブラシや柔らかい布でこすってやり、自分のからだの表面のピカピカしたところを剥がして、ご飯粒の残りをつぶしてのりにして、ペタペタペタペタ、はってやりました。すると、惑星くんは少し恥ずかしそうに笑って、鏡に自分の姿を映してみるのでした。その日はなわとびをする時間がありませんでした。

 その次の日、月くんが惑星くんのうちへ行き、おはじきをして遊ぼうよ、と誘うと、惑星くんはまたお布団をひっかぶって、ぐしゅぐしゅと泣いているのでした。今朝になったら、惑星くんのからだから、月くんがくっつけてくれたぴかぴかした金の薄紙がほとんど剥がれ落ちてしまったのです。月くんは、自分のお腹のところにぴったりとはめていた、きらきらとした輪っかをとり外すと、惑星くんにはめてやりました。喜んだ惑星くんは、飽きもせず自分の姿に見入り、月くんは惑星くんを見ているのでした。その日はおはじきをする時間はありませんでした。

 あくる日、月くんは惑星くんのお家に遊びに来ませんでした。心配した惑星くんが月くんのところへ行くと、月くんはベッドに横たわったままでした。惑星くんは月くんの身体がすっかり黒くなっているのに気が付きました。それまで、月くんの様子に気が付かなかったのです。惑星くんは月くんのお世話に取り掛かりました。月くんを温かいお風呂に入れ、しっかりこすってあげました。お風呂から出た月くんは相変わらず元気はありませんでしたが、幸せそうでした。

 その様子を見た神様が、大きな手を伸ばすと惑星くんをぽーんと宇宙に放り投げ、月くんをそっと傍らにおいて惑星くんの周りをくるくるまわれるようにしました。そこで、月くんが太陽の光を受けてピカピカと光るたびにうっとりと見とれながら、毎日会えるようにしたのでした。

 初め、暗いお話の予感に身を固くしていた娘だが、最後のくだりで納得したようににっこりと深く頷き、「惑星くん、ほしがりだね」というと、ざぶんと熱いお湯に体を沈めた。その夜、私たちは温かい柚子ハチミツを溶かしたドリンクを片手に、ゆっくりと過ごしたのだった。

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 実は三浦さんの大叔母は翻訳家で、『ぼくはくまのままでいたかったのに』(イエルク・シュタイナー/イエルク・ミュラー著)や『たいくつした王子さま』(ルイス・デ・オルナ著)などの児童文学の翻訳も手掛けた人物。その影響もあってか、三浦さん自身も、幼いころから童話好きだったという。

デイリー新潮編集部

2020年7月11日掲載

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