日向坂46はポッと出のアイドルではない 「けやき坂46」時代に乗り越えた“3つの事件”

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“初の握手会全力すぎ事件”

 その後、娘の希望を叶えるべく、父親が運営スタッフに相談、第3次審査までずっと高いパフォーマンス力を発揮していたことが評価されて“特例という形”で新メンバーとなったのである。

 ただ、やはり最終審査を受けていないのに“合格”というのは違和感が残る。そこで“けやき坂46”というアンダーグループを新設し、長濱はそのメンバーとして活動することとなったのだった。

 そして同時に新しく長濱の仲間を集めるべく、けやき坂46のメンバーを追加募集することが発表されたのである。

 そこから約5カ月後の16年5月8日、欅坂46が1stシングル『サイレントマジョリティー』で鮮烈なデビューを飾り世間を賑わせている頃に、けやき坂46の新メンバー募集オーディションもようやく終了する。

 合格者11名が決定し、これに長濱を合わせた12人でけやき坂46が本格的に活動を開始することになったのだ。

 こうしてスタートしたけやき坂46だったが、その後の道のりは平坦なものではなかった。中でも最初の試練となったのが、初の全国握手会である。

 これは、欅坂46の2ndシングルである『世界には愛しかない』のカップリング曲として、けやき坂46の初の楽曲となる『ひらがなけやき』が収録されたことで実現したという経緯があるため、当然のように欅坂46の全国握手会に彼女たちが参加するという形で行われた。

 その初の全国握手会の舞台は、8月13日の愛知県のポートメッセなごやだった。このとき、欅坂46はすでに『サイレントマジョリティー』の爆発的大ヒットで人気アイドルとしての地位を確立しており、人気メンバーたちを筆頭に、どのレーンも行列ができるほどの盛況ぶりを見せていた。だが……。

 悲しいかな、けやき坂46のレーンはとにかくガラガラだった。悲しいほどに人が集まらなかったのである。同じ3人くらいのファンが延々とループしていたほどだ。

 すると、この状況をなんとかしようとメンバーが動き出す。キャプテンの佐々木久美(24)がのちに“初の握手会全力すぎ事件”と名付けるのだが、区切られたパーテーションの隙間から欅坂46のレーンに並んでいるお客さんに対して必死のアピールをし始めたのだ。

 ウインクする者、「おいで!」という感じで手を振って可愛いアピールをするもの、中には大声を挙げて呼び込みしようとするメンバーまで現れた。その懸命さに心を打たれて「さっき手を振ってくれたから来たよ!」というお客が現れた。

 この後、けやき坂46が参加した全国握手会は9月に千葉(幕張メッセ)で、10月に京都(京都パルスプラザ)で行われたのだが、状況はほぼ変わらず。とにかく人が集まらず、メンバーは「その頃から来てくれている人、逆に凄いなって」というくらい当初の握手会は人が少なかった、と振り返っている。

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