「新しい生活様式」が招く文化・人間破壊 和田秀樹氏が警鐘を鳴らす

国内 社会 週刊新潮 2020年6月4日号掲載

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 罰則なき自粛要請に素直なのは、国民性ゆえだろう。いつだって日本人は“お上”に弱いが、今回の「新しい生活様式」に従順すぎると、文化と人間が破壊され、荒涼たる光景が現れる――。精神科医の和田秀樹氏がそう警鐘を鳴らす。

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 政府が発表した「新しい生活様式」も都が推奨する「新しい日常」も感染症予防という観点からは多少のメリットがあると思います。手洗いを頻繁にしたり、マスクの着用は新型コロナウイルスのみならずインフルエンザや風邪を防ぐため、疎かにしてはなりません。

 しかし、他に掲げられている点は、デメリットが大きすぎます。

 例えば、買い物。「計画を立てて素早く」「展示品への接触は控えめに」とありますが、これでは買い物の楽しみを奪われているようなもの。買い物を楽しみながら、新しいものに関心を持つことは前頭葉によい影響を与えます。人間は40代から前頭葉機能が衰え、意欲が低下します。すると、読書でも同じ著者の作品しか読まなくなったり、行きつけの店にしか行かなくなります。最終的に年を重ねた時に引きこもりになってしまう可能性が高い。前頭葉に刺激を与える機会をなくすことは、そうした高齢者の増加につながるのです。

 運動も「筋トレやヨガは自宅で動画を活用」では、友人同士で集まって運動できなくなってしまいます。意欲の衰えた高齢者にとっては、みんなで一緒に楽しく運動することが大事。それを禁じては、筋力低下につながるばかりです。

 さらに「新しい生活様式」の中でも「人との間隔はできるだけ2メートル(最低1メートル)空ける」という点に疑問を感じます。親しい人や恋人と話すときも2メートル空けないといけないのでしょうか。本来、こういう不安な時こそ安心感が必要でスキンシップが大事なんです。抱きしめてもらうだけで、不安が解消した、という経験は誰にでもあると思います。人間同士のふれあいがなくなれば、互いの心を理解することもできなくなります。

 さらに、不必要なソーシャルディスタンスの徹底が招くのは映画や音楽、演劇などの文化の破壊です。

不安な時こそ

 私も映画監督として活動しているので分かるのですが、自粛期間が長引き、現場は疲弊しています。

 映画のスタッフは給料が決してよくないので、仕事がなければ、すぐに転職するしかない。アルバイトをしながら細々とライブで生計を立てているミュージシャンだって同様です。

 加えて、劇場やコンサートホールの運営に関しても、このままでは、という危機感が強い。日本ではコンサートが1万円、2万円程度でしょうが、これは海外に比べると非常に安い価格です。単価が安いので、8割ほど客が埋まってようやくトントンというコンサートも多く、再開しても、席の前後左右を空けて客を入れたりするのでは、本末転倒。経営そのものが立ち行かなくなります。

 食文化にも影響が及んでいます。持ち帰りやデリバリーを活用と、政府や都は言いますが、それだけでは飲食店の経営が苦しくなるのは当然のこと。日本の食文化のよさは、どの店に入っても安くて美味しいものが食べられることです。そうした飲食店がなくなってしまえば、私たちの楽しみがなくなると共に、日本の食文化を目当てに来ている観光客も多くいますから、終息後のインバウンドのチャンスをみすみす逃してしまうでしょう。

 日本では不要不急という言葉が盛んに使われています。しかし、精神科医の立場からすれば、世間で不要不急とされている文化や娯楽が人間の心を豊かにする。うつ病患者は娯楽を楽しむことで心の休息をとり、症状改善につなげます。コロナ下の私たちにも同じことが言えるのです。

「新しい生活様式」と「新しい日常」が文化を破壊し、人の心と体の健康を損なう、そう強く危惧しています。

特集「『コロナ』闇の奥」より