テレワークは悪影響の方が大きい? 日本企業の“不都合な真実”がアキレス腱 

ビジネス

  • ブックマーク

 5月25日、政府が東京など5都道府県への緊急事態宣言を解除したことにより、4月7日から続いていた緊急事態は約7週間で終了した。

 第2波を警戒しつつ経済活動を再開させる新たな段階に移ることにより、俄然脚光を浴びているのが緊急事態宣言下で多くの企業が導入したテレワークである。

 全面解除に先立ち、西村康稔経済再生担当大臣は22日、経済3団体のトップとテレビ会議を開き、「今回経験したテレワークなどのデジタル化に向けた取り組みを継続し、これまで停滞していた社会改革を一気に進めていきたい」と協力を求めた。

 企業側もテレワークでの勤務・報酬体系を見直す動きが活発化しており(5月15日付日本経済新聞)、社員側もテレワークについて好意的である。

 日本生産性本部が5月中旬、「働く人の意識がどう変わったか」について、20歳以上の雇用者約1100人を対象にインターネット調査を行ったところ、「収束後もテレワークを続けたい」とする回答が6割を超えたという。

 専門家は「日本人の働き方が時間の量を重視するスタイルから成果重視に転換する」と期待を寄せているが、はたしてそうだろうか。

 日本で働き方改革に取り組んできた代表的な企業の一つにグループウェア開発会社のサイボウズ(株)がある。副業OKで働き方も自由、テレワークを希望する人には必要機器を提供するなど環境の整備に努めてきた。

 同社のトップである青野慶久氏は、5月7日のNHKニュースウオッチ9に出演したが、自社のテレワークの現状について、「大反省している」と意外なコメントを漏らした。自分と社員との間に想像以上の情報格差があったことに気づいたことがその理由である。青野氏はその上で「社内のコミュケーションがとれていない会社ではテレワークは絶対に成功しない」と語った。どういうことだろうか。

 日本ではあまり知られていないが、欧米の企業関係者の間で関心が高い経営指標にエンゲージメントという概念がある。

 経営学におけるエンゲージメントとは、「組織や職務との関係性に基づく自主的貢献意欲」ということだが、平たく言えば、社員の現在の仕事に対するやりがいや組織に対する忠誠心の高さのことである。

 エンゲージメントの高い社員は、仕事に対してポジティブであり、企業に対する貢献度が高いとされている。それを測るためにコンサルタント会社を始め様々な機関が国際比較を実施するようになったが、各種調査で明らかになったのは、日本の社員のエンゲージメントが世界最低レベルであるということである。

 1例を挙げよう。米ギャラップは2017年5月、139カ国の企業を対象にアンケート調査を行ったところ、日本の企業においては「熱意あふれる社員」が6%しかいないことがわかった。この数字は米国の32%と比べて大幅に低く、ランキングも132位だった。会社と上司に対する信頼度についても、日本は他の先進国に比べて低いという調査結果がある。まさに「不都合な真実」である。

 「サービス残業」という言葉が示すとおり、日本の社員は今でも真面目で勤勉との印象が強いが、その反面、仕事に対する姿勢が受け身的で、上司が決めたことに従うという傾向が残っている。

 各種調査からエンゲージメントに最も重要な要素とされているのは「心理的安全性」である。「不安や恥ずかしさを感じることなくリスクある行動をとることができること」がエンゲージメントの上昇に大きく寄与するわけだが、日本では「自分の会社がどこに向かおうとしているのか」「その中で自分はどんな仕事をすべきか」を社員が気軽に考え提案できるような風土になっている企業は少数派だろう。

 経営陣が、自社の将来像をどう捉え、それを実現するためにどんな目標やミッションを設定しているのかをしっかりと伝える地道な努力も欠けているとされている。

 組織の状態を測るための定量的な指標が少ない上に、社員のエンゲージメントの向上は、息の長い地道な取り組みである。エンゲージメントを意識している経営者は少ないことが災いして、日本企業の多くが、現場の効率化が競争力の源泉だった高度成長期のモデルを引きずったままだとしたら大問題である。

 仕事の中で創造性がますます求められるようになった昨今、エンゲージメントの低さは今後の企業活動にとって致命傷になりかねないからである。

 このような現状を放置したままでテレワークの導入を進めれば、「仏をつくって魂を入れず」、いや、むしろ悪影響の方が大きいのではないだろうか。

 テレワークと同様に注目を集めているのは日本企業の「内部留保(企業が稼いできた利益の総額)」の大きさである(5月18日付産経新聞)。約460兆円にも上る内部留保の大きさについては、コロナ以前はマイナスの評価が多かったが、コロナ後は「海外企業に比べ日本企業のダメージを軽減している」と評価され始めているのである。

 今後は日本企業が不況下でも内部留保の積み上げに躍起になる可能性があるが、その際好都合なのはテレワークである。スタートアップ企業を中心に固定費削減からオフィス解約の動きが出ており、大企業もコスト削減のためにテレワーク導入を強引に進めれば、社員のエンゲージメントをさらに下げることになるだけではないだろうか。

 筆者はテレワークの導入には賛成であるが、社員のエンゲージメントの低さという日本企業が抱えるアキレス腱はもっと留意されるべきではないかと考えている。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年5月31日掲載