「営業禁止令」でも再開77歳「ミシガン州理髪店主」の矜持 【特別連載】米大統領選「突撃潜入」現地レポート(13)

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 ようやく私の順番が回ってきて、床屋のイスに座ったのは、5月8日(金曜日)の午後10時前のことだった。

 午後4時から待っていたので、待ち時間だけで約6時間。その前に、ミネソタ州セントポールからアイオワ州を経由し、700マイルの距離を1日半かけて車を運転してきた。 目的地はミシガン州オワッソー。州都ランシングから車で北東に走って約1時間のとこ

ろにある人口1万5000人弱の田舎町である。

 床屋の名前は「カール・マンキー理髪店」。アメリカのどこにでもある普通の床屋だ。散髪代は15ドル(約1600円)で洗髪はなし。店主のカール・マンキー(77)が、1人で髪を切る。客1人にかかる時間は15分前後だ。

 私はイスに座るとすぐに取材をはじめた。

 私の背後には、まだ10人ほどの客が待っている。衆人環視の中での取材である。

 あとで説明するが、思い切り“アウェー感”があるのだ。阪神ファンが東京ドームで行われる対巨人戦を見に行って、1塁側に座り阪神を応援するような感じだ。

「働く権利を侵害している」

 まずは、無難にこう切り出した。

 ――あなたはどうして、今週の月曜日(5月4日)から、ミシガン州政府の自宅待機命令に反して店を再開したのですか。先週の月曜日でも、来週の月曜日でもなく、どうして今週の月曜日だったのですか。

 私に散髪用のケープをかけながら、マンキーが答える。

「ミシガン州の最初の自宅待機命令は、3月23日 に出たんだ。州民の自宅待機と同時に、“不要不急の店舗”は店を閉じるように、という内容だった。その州政府が決めた“不要不急の店舗”に理髪店も入っていた。最初は4月13日までというので、それなら仕方ない、と店を閉めた。

 その命令が解ける日が、5月1日に延び、さらには15日となり、28日にまで延びたのが4月末日。それを聞いて、そこまで我慢するのは無理だ、と思ったんだよ。経済的にも無理だ。家賃やクレジットカードなどの支払いもある。

 それ以上に大切なことは、州政府の命令は、合衆国憲法で認められた働く権利を侵害している、と考えているんだ。私には、福祉による施しも、(低所得者に発行される)フードスタンプも必要なかった。

 ただ、働きたかっただけなんだ。18歳からこの商売をはじめて、60年間、髪を切って生計を立て、家族を養ってきたんだ。もちろん、これまで法律や州の命令を破ったことは一度もない」

 日本では、「新型コロナウイルス」が感染拡大する中でも理髪店や美容院の営業は許されているが、アメリカでは許されていなかった。自宅待機命令が解けた州では営業を再開しているが、最も厳しい自宅待機命令を敷くミシガンでは、未だ許されていない。

 その理由は、新型コロナの拡散を防ぐために必要だとされる6フィート(約2メートル)の間隔を保てないから。州の行政命令に逆らって営業をはじめたマンキーの店は、ミシガン州で営業している唯一の理髪店だ。

 ――行政命令を破れば、最大で1000ドル(約10万7000円)の罰金が科せられます。法廷にも出廷することになり、弁護士費用もかさみます。1人15ドルで散髪をする商売を再開するのにそろばん勘定は合うんですか。

「月曜日から徐々に、うちの店が再開したという口コミが広がり、水曜日からは朝9時に店を開け、最後のお客さんが帰るまで髪を切りつづけている。終わるのは今日も午前0時を過ぎるだろう。なかには、そういう事情を汲んでくれて散髪代金にチップを含め500ドルを払ってくれたお客さんもいる。まじめに働いてさえいれば、どうにかなると思っているよ」

警察か、イエスか

 ここで店の電話が鳴る。

「マンキーです」

 と言って店主が電話をとる。

 1日に200~300件かかってくる電話を1人でさばき、マスコミの取材を受け、警察から法廷への召喚状を受け取り、朝9時からひたすら髪を切りつづける。

 昼食はチーズだけ。トイレに行く時間ももったいないので、水分もほとんどとらない。

 休憩は午後9時になって、ハサミを置いて3分間座っただけ。電話が鳴るたびに、店主の手がとまるが、それを咎めたてる客は1人もいなかった。見知らぬ客同士ではあるが、その間には、店主を応援するという暗黙の了解があった。

 電話の内容は、まだ店は開いているのか、予約は取れるのか、という問い合わせが約半分。残りの半分は、営業をつづける店主への激励の電話である。

 私も前日、ここに電話を入れた1人だった。

 この理髪店が州政府の命令に背いて店を再開したことを知ったのは、前日の午前中のこと。自宅待機命令への反対デモを取材したミネソタ州セントポールから、次の取材を予定していたアイオワ州の田舎町を目指して走り出す前のことだった。

 そのことが気になりながらも、予定通りアイオワへと向かった。

 高速道路のレストエリアに車を停めてスマホを見ていると、ミシガン州知事のグレッチェン・ウィットマー(48、民主党) の記者会見の映像がライブで流れてきた。彼女が、

「理髪店のことは知っている。ちゃんと対処したい」

 と話しているのを見て、目的地をオワッソーに変更しようと思った。アイオワ州での取材は後でもできるが、州知事がその気になれば、その日のうちにでもこの理髪店は閉鎖されるかもしれない。

 まだ開いているのかを確かめるため、私が理髪店に電話を入れると、マンキー本人が電話に出てきた。アイオワ州からそちらに向かうつもりだが、明日も営業しているのか、と問うと、

「州の警察が手錠をかけて連行していくか、イエス(キリスト)が店に入ってくるまでは、店を閉めるつもりはない」

 という返事。

 そこで目的地をオワッソーに変えた。店舗についたのは翌日の午後4時だった。

大統領と州知事の「泥仕合」

 電話を終えた店主が、私の髪にハサミを入れながら、話をつづけた。

「実は、この話、非常に政治的でもあるんだよ。ランシングにあるミシガン州政府と、ワシントンにある連邦政府は非常に仲が悪いだろう。ワシントンと州政府の間に軋轢が起こると、ミシガン州政府がそのたびに、ワシントンには屈しないという意味を込めて、強硬な自宅待機命令を出す。すると、ワシントンがまたミシガン州政府に圧力をかけ、ミシガン州知事が反発するという悪循環だったんだ」

 うーん、なるほど。

 そういう見方もあったか。

 ミシガン州民ならともかく、日本人の読者には若干の説明が必要だろう。

 大統領のドナルド・トランプと州知事のウィットマーが犬猿の仲なのは、州内では有名な話だ。

 私がそれにはじめて気づいたのは、3月下旬に開かれたホワイトハウスでの新型コロナに関する記者会見を、テレビで見ていたときのことだった。

 トランプは新型コロナへの対応で意見が分かれるワシントン州知事(民主党)と、ウィットマーの2人をやり玉に挙げて、くさした。その中でも一番厳しい批判の的になったのがウィットマーだった。

 トランプは、

「あの女には我慢がならない。ヤツのやっていることといえば、(知事室に)座って、連邦政府にいちゃもんをつけるだけだ。(各州知事とのパイプ役である副大統領のマイク)ペンスには、ミシガン州のあの女には電話をするな、と言っているんだ」

 と、全米に放送されるテレビ中継で、口汚く罵った。

 同夜、ウィットマーがツイッターで反撃した。

「私の名前はグレッチェン・ウィットマーです。(トランプが呼んだ)あの女とは私のことです。/私は繰り返し、かつ敬意をこめて、(連邦政府の)援助を求めてきました。われわれにはそれが必要なのです。政治的な攻撃はこれ以上必要ありません。(必要なのは)個人防護具や人工呼吸器、医療用マスク(N95)やテストの道具です。あなたはミシガンを支援すると言ったはずです。ならば(その言葉を)証明してください」

 トランプは翌日、ウィットマーに「グレッチェン・ハーフ (中途半端な)・ウィットマー」と仇名をつけて、

「ヤツは自分が何をやっているのかが、まったくわかっていない。自分の無能を隠そうと、誰でも彼でも難癖をつけるのが好きなんだ」

 と、さらに罵倒した。

 4月中旬と下旬に、ミシガン州で知事の自宅待機命令に反対するデモが行われると、そのたびにトランプは、デモの参加者を支持するツイートを投稿している。

 まさに泥仕合である。

 この泥仕合が、ウィットマーの行政命令の延長に影響しているというのがマンキーの見立てである。

 一方私は、アメリカ経済を再生して、大統領選再選の好材料にしたいがため、各州の経済活動を少しでも早く再開したいトランプと、まだ新型コロナへの対応が不十分だと自宅待機命令を延長するウィットマーという構図だ、と理解していた。

 では一歩下がって、ミシガン州民は、トランプとウィットマーの新型コロナの対応のどちらに軍配を上げているのか。

 デトロイト商工会議所が4月中旬に発表した数字によると、トランプ支持が44%(不支持が50%)に対し、ウィットマー支持は57%(不支持が37%)と、ウィットマーの支持率が高い。

 新型コロナ関連の数字をつづけると、私が髪を切った当日のミシガン州の感染者数は、4万6326人(前日より680人増加)、死者4393人(同50人増加)――となる。州の人口が約1000万人であることを考えると、人口当たりでは日本とは桁違いの死亡者数だ。

 ミシガン州での自宅待機命令に反対するデモの話(2020年4月20日『「自動小銃まで!」ミシガン州「外出禁止反対デモ」強行したトランプ支持者』)でも書いたが、州民の人気が高いウィットマーは、民主党の大統領候補となるジョー・バイデンの副大統領候補の1人としてその名前が挙がっている。そのことも、トランプにとっては癪に障るのだろう。

権利を守る英雄

 マンキーへの質問をつづけよう。

 ――あなたは77歳です。あなた自身が新型コロナにかかりやすく重症化しやすい年齢層に属します。あなたが病気にかかることは恐れていないんですか。

「私はいたって元気。熱もなければ、新型コロナに当てはまるような症状もない。感染はしたくないよ。そのためにマスクもして、消毒液も用意している。使ったハサミも、毎回消毒するようにしている」

 ――自分が感染することもあると覚悟の上なんですね。

「それは、少しは怖いよ。ただ私は恐怖に支配されて生きたくはないんだ。いつも恐怖におびえながら生きているのは、本当に生きているとは言えないだろう。家から出れば交通事故に遭うこともあるだろう。風邪をひくこともある。インフルエンザをうつされることだってある。けれど、怖がるばかりでは、ずっと家から1歩も外に出られない。それより、アメリカ人としての働く権利を大切にしたいんだ」

 ――では、あなたのお客さんが新型コロナに感染したら、どう思われます。

「ここに来ているみんなは大人だし、大人の判断でここに来ているんだ。もし、ここに来るのが安全じゃないと思う人は、家にとどまっていればいい。それだけだよ。私は自分の健康を守るために、州政府の助けを必要としていないんだ。ウィットマーは、私の母親じゃない。というより、40代の彼女は、私の子どもたちと同世代だ」

 ここでまた電話が鳴った。

 マンキーが電話に答える声が店中に響く。「いや大丈夫。今日も警察が来たけれど、彼らが私に手錠をかけて連行していくか、イエスが店に入ってくるまでは営業をつづけるよ……」

 その日の4時に入店して以降のことを思い出した。

 午後4時から店舗に入ってすぐに気付いたのは、髪を切りに来た人たちが、シカゴやセントポールの自宅待機命令に反対するデモ参加者たちと非常に似た空気をまとっていることだ。ほとんど白人ばかりで、マスクをしていない点もデモ参加者たちとの共通点である。

 店を訪れても、長い待ち時間に恐れをなして帰っていく人たちも半分ぐらいはいた。しかし残りの半分は、何時間待ってでも、マンキーに髪を切ってもらおう、と決めた人である。

 州政府の自宅待機命令を破って一心不乱に髪を切りつづけるマンキーは、アメリカ人の働く権利を守る象徴、いや英雄となっていた。その英雄に髪を切ってもらおうという支援者なのである。

「オレは、ここの店主の心意気が気に入っているんだよ」

「そうだな、オレは髪を切る必要はなかったんだが、カール(マンキー)を支援しようと思ってデトロイトから車で2時間近くかけて来たんだ」

 なかには、母親に連れられて来た小学校に上がる前後ぐらいの4つ子もいた。店の前をクラクションを鳴らして通り過ぎる車を見るたび、母親は子どもたちに、「あの車は、ここのおじさんを応援(thumbs-up)していると思う? それとも反対(thumbs-down)していると思う?」と繰り返し聞いていた。

 待合室ではそういった会話が飛び交っていた。マンキーの名前をトランプに置き換えても、話は通じる。

 いわばトランプの支援者集会に、たった1人だけ東洋人である私が紛れ込んで、反トランプ的にも聞こえる質問を10人ほど待っている人の前で訊いているのである。これが、私がイスに座って質問をはじめる前に感じた“アウェー感”の理由だ。

「片一方は棺桶、もう一方はバナナの皮に」

 そして午後6時すぎ――。州警察が、マンキーへの召喚状を持って店に入ってきた。

 州の司法長官から、6月に裁判所に出頭するように、という内容だった。

 しかしマンキーは動じることなく、

「あなた方にはあなた方の仕事があるが、私には私の仕事がある。州の司法長官には、私からの愛情を伝えておいてくれ」

 と語った。

 時間にしてほんの1、2分。

 その後、店の外から事の成り行きを見守っていた地元のテレビ局が、テレビカメラを持ってきて取材をはじめた。

 マンキーはこう話した。

「最初、警察官は髪を切りにきたのかと思ったよ(笑)。彼らに対して、悪い感情は一切ない。彼らは彼らの仕事をしているだけなんだから。裁判所に出廷するために、すでに弁護士も雇っている。

 ただ私は、ここで髪を切って、生活をして、請求書を払いたいだけなんだ。召喚状には何が書いてあったかって? 『公衆の健康に対する緊迫した危険』という言葉が書いてあるけれど、詳しくは店を閉めてから読むよ。

 彼らは私の店をどうしても閉鎖したいんだろう。けれど、そのやり方には首をかしげるね。新型コロナ発生以降も、ウォルマートやKマートのような大手のスーパーは営業が認められ、私のような零細の事業主の店舗はだめ。零細でもガソリンスタンドはOK、とかね。不要不急であるのかどうかの線引きが、恣意的だと思うんだよ。そこが州の行政命令に対して最も不満な点。

 私は知事が生まれる前からこの仕事をしているので、彼女に私の仕事についてどうこう言われる覚えはない。まぁ、私は言ってみれば、片一方の足は棺桶に突っ込んで、もう一方の足でバナナの皮を踏んでいるような老いぼれだけどね」

 最後の文句は、決め台詞なのだろう。聞いていた客が一斉に大笑いした。

 このおじいさんは、取材慣れしていて、洒落っ気もある。

 私も強引にお願いすれば、地元のテレビのように、客の列に並ぶことなく、話を聞かせてもらえただろう。4時に店に入り、日本からのジャーナリストだと自己紹介したとき、非常にうれしそうな表情が返ってきた。しかし、長い列を待っている人を見ると、そこに割り込むことに尻込みした。それに、髪を切ってもらいながらなら、10分以上は話が聞ける。その方が取材時間は長くなる、と踏んだこともある。

トランプは「今の時代に必要な大統領」

 ――先ほど、ミシガン州の自宅待機命令が長引くのは、多分に政治的な要素がある、という話がありましたが、あなた自身の政治的な立場、つまり支持政党はあるんですか。

「私は保守だけれど、共和党員でも、民主党員でもない。政治的な立場で言えば、リバタリアン(自由至上主義者)になる。政治が個人の生活に介入するのは最小限に抑えるべきだ、と思うんだ」

 ――2016年の大統領選挙では誰に投票しましたか。

「トランプに投票した。彼は、今から10年前でも、10年後でも、大統領としてふさわしくなかったかもしれないが、今の時代に求められる大統領だと思っているよ。

 私が生まれた1942年は、民主党のフランクリン・D・ルーズベルトが大統領だった。その後60年代まで、民主党は言論の自由やアフリカ系アメリカ人の人権を守るために戦う党だった。

 けれど、60年代から今日になるまでのどこかで、民主党と共和党の役割が入れ替わったと思っているんだ。今は、民主党の知事が私の店を閉鎖して、私の働く権利を侵害しようとしているだろう」

 ――トランプを支持する理由を教えてください。

「2016年の選挙のスローガンは、“アメリカを再び偉大にする(Make America Great Again)”だった。できるだけ経済的規制をとっぱらって、起業家精神を大切にすることで、アメリカ経済を活性化させるということ。新型コロナ騒動がはじまるまでは、ちゃんと実績を上げていた。それが理由」

 ――2018年のミシガン州の州知事選挙はだれに投票しましたか。

「18年……。18年は投票していないなあ。共和党にいい候補者がいなかったから」

 ――州政府から失業手当や中小企業向けの支援金は受け取りましたか。

「失業手当は、140ドル(約1万5000円)受け取った。けれどそれじゃあ、店の電気代も払えない。中小企業向けの支援金が届いたのは昨日のことで、1200ドル(約12万9000円)受け取ったけれど、1カ月以上店を閉じていた補償にはならない。店の保険料や税金の支払いなんかもあるしね。結局、自分のことは自分で解決するしかないんだよ」

 ――11月に迫った大統領選挙では誰に投票しますか。

「トランプだね。彼は今の時代に必要な大統領だ。何より、中小企業の苦しみをわかってくれている」

 私が、訊き忘れた質問はなかったか、と考えていたら、マンキーが、問わず語りに、こう話しはじめた。

「日本人から見ると、アメリカ人は奇妙(odd)に見えるんじゃないかな。けれど、アメリカ人の核の1つとして、強烈な独立心があるんだ。誰にも頼らずに生きてきた開拓者精神が今もアメリカ人の中に残っている。

『三銃士』の話を知っているかい。そこに出てくる、『1人は全員のために、全員は1人のために(One for all, all for one)』って言葉があるだろう。全員は1人のために、を突き詰めていくとアメリカになる。1人は全員のために、の先にあるのは旧ソ連を含む東欧の共産圏の国々になるんだ」

 ここで散髪の時間は終了。

 15ドルが散髪代なら、チップを含めて20ドル払えば十分だ。しかし取材に快く答えてもらったので、もう少し多めに払って、店を出た。

支援者だらけのアウェー感

 原稿を書くためにノートを整理していて、聞き忘れた質問を思い出した。

 日曜日に電話を入れるが、店は閉まっていたようだった。月曜日に電話すると、電話番だという男性が電話口に出てきた。追加の質問をしたい旨を伝えると、あまりに取材の要望が多いので、今日の午後4時半から記者会見を開くのだ、と教えてくれた。

 再び店まで車を走らせると、店の前にはテレビカメラ5、6台が並び、地元の記者が集まっていた。

 弁護士と妻を連れてのマンキーの記者会見だ。報道陣の周りには、支援者たちが30、40人ぐらい集まっている。またも、思い切りアウェー感が漂う。

 最初にマンキーが短い挨拶をすると、支援者からは万雷の拍手がわく。星条旗が舞う。

「カール! カール! カール! カール!」

「We love you, Karl!」

 などの声援が飛ぶ。その声にマンキーは涙ぐむ。

 弁護士が概要を説明してから質問の時間。私は迷わず手を挙げた。

 ――マンキーさんに直接お尋ねしたいのですが、もし店を再開したことで、店が新型コロナの震源となって、新型コロナが拡散したとわかったら、責任をとる覚悟はおありですか。

 マンキーは一瞬顔を曇らせ、こう答えた。

「まず、新型コロナがウォルマートやKマートで発生したのか、うちの店から発生したのかは分からない、と考えます。私はだれかが病気にかかった責任をとるつもりはない。みんな大人の責任でうちの店に髪を切りに来ているのだから。それにうちの理髪店は、極力清潔に保っている。もし、安全だと思わない人がいたら、家にとどまっていればいいだけです」

 そこで「その通りだ(Absolutely)!」「よく言った(Well said)!」という応援の声に交じって、「家に帰れ(Stay home)!」という私に対するヤジも飛んできた。

 追加の質問の手を挙げるのに一拍遅れたため、結局、そのあと私に質問の機会は回ってこないまま、15分間という短い記者会見は終わった。

 訊こうと思ったもう1点は、

「連邦政府も州政府も、新型コロナの感染元を突き止める態勢を整えようとしています。その時、あなたの店舗が感染元であったことがわかった場合、責任をとるつもりはありますか」

 というものだった。

 まぁ、この質問は、新型コロナ騒動が一段落したころ、またマンキーに髪を切ってもらいながら訊くことにしよう。

 どうしてイエス・キリストの名前が何度も出てくるのかも知りたいし。

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横田増生
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。関西学院大学を卒業後、予備校講師を経て米アイオワ大学ジャーナリズムスクールで修士号を取得。1993年に帰国後、物流業界紙『輸送経済』の記者、編集長を務め、1999年よりフリーランスに。2017年、『週刊文春』に連載された「ユニクロ潜入一年」で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞(後に単行本化)。著書に『アメリカ「対日感情」紀行』(情報センター出版局)、『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)、『仁義なき宅配: ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(小学館)、『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)、『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)など多数。

Foresight 2020年5月20日掲載

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