もはやコント! 中身ゼロの「M 愛すべき人がいて」は棒演技を楽しむのがよろしい

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 私が苦手な人間。一人称が自分の名前の女、やたらと神の名を口にする男、コバエのように妙にまとわりついてくる女、基本は日本語なのに英単語をちょいちょい挟んでしゃべる人。全種類が揃った奇跡のドラマがあったので、紹介しよう。「M 愛すべき人がいて」である。言わずもがなの浜崎あゆみリブート企画だが、歌姫への敬意は1ミリも感じられない。「大映系の懐かしさ」が話題沸騰(別の意味)とも言われているが、大映に謝れ。もっとひどいぞ。マジで中身ゼロだぞ。

 主役の演技は近年稀に見る棒、猫も杓子も芸達者な時代にまさかの棒。一時代を築いたとはいえ、もはや終焉を迎えたコンテンツである「伝説の歌姫」のどうでもいいファンシーな昔話を、リブートするために担ぎ上げられたド素人の安斉かれんが不憫でならない。セリフどころか笑顔まで硬直。なんかチビノリダー的。口角を無理やりあげて固まってるし。高級なコートを買ってもらっても、嫉妬した友人にオレンジジュースぶっかけられても、最愛のおばあちゃん(市毛良枝)が亡くなっても、表情不変。「あゆはダイヤになる!」「あゆ、負けない!」っつって。90年代の芸能界なんてえげつない話てんこ盛りだろうに、田舎娘が男の力で天下取りに行く話を美化するどころかスポ根に仕立て上げちゃって。あーもう、改行するのを忘れるくらい、ツボがありすぎて楽しい!!

 マックス・マサっつうのも、なんか、本人には限りなく黒に近い印象しかないのに、三浦翔平が妙な純愛テンションと死んだ目で挑むわけよ。「俺を選んだのは神様です!」っつって、安斉を育てようとするのよ。グレーな人たちって結構な確率で神道語るよね。「俺を信じろ~ッ」っつって安斉をお姫様抱っこして、クルクル回転しちゃったりもして。本来ならドラマの内容をさらっと説明すべきなのだけれど、もう心底どうでもいい内容なので、今回はコントとして面白い部分だけ抽出してお届けします。

 さらに、三浦の秘書の役が田中みな実。三浦のせいで右目を失ったという設定らしいのだが、なぜその眼帯? 最初ミカンの皮かと思った。陳皮(ちんぴ)か。しかも三浦に異様に執着し、べったりとまとわりつく。うっとうしいったらありゃしない。昔懐かしの「スチュワーデス物語」における片平なぎさ的な存在なのだが、迫力はないし、変な眼帯だし、過剰な演技がどうにもこうにもちんちくりんに見える。

 そして、トリを務めるのは水野美紀。ニューヨークにいるカリスマトレーナー役なのだが、見た目もセリフも発声もすべてがおかしい。あの発声は、ドラマ「ガラスの仮面」の佐戸井けん太オマージュだな。小池百合子都知事レベルで英単語を濫用するものの、基本は日本語、案外トラディショナルな言い回し。「今度そんな顔したらジャパンにつき返すわよ!熨斗(のし)つけてね」。いちいちおかしくて、逆に目が離せず耳を澄ます。

 緊急時のどさくさに紛れて目に余る暴挙。今はいい。作品数も少ないし、皆エンタメに飢えているからな。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2020年5月21日号掲載

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