日本唯一、大学で「ゾンビ学」を教える研究者、学生が勉強して何の役に立つのか?

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ゾンビ映画とコロナパンデミックがダブって見える

 ゾンビ学の教材は、岡本氏が2017年に出版したゾンビの総合的学術研究書『ゾンビ学』(人文書院)だ。そもそも、岡本氏はなぜゾンビを研究するようになったのか。

「北海道大学に在学中、国語の教員免許を取得するために『中国文化概論』の講義を受けたのですが、担当教員から香港武侠(ぶきょう)映画の話を延々と聞かされました。講義の最終課題レポートは、香港武侠映画を観て分析しなさいと言うので、レンタルビデオ屋に行ったところ、B級アクション映画の隣にたまたまゾンビ映画がずらっと並んでいた。すごい本数でした。それで試しに1本借りたら、とんでもなくつまらない映画でした。でも、これだけ沢山あるんだから需要もあるだろうなと逆に惹かれまして、それから色々なゾンビ映画を観るようになったのです」

 大学院生の時、ゾンビの論文を書いた。

「2011年から12年にかけて、『アニメ聖地巡礼』の博士論文を書き始めました。しかし、途中で疲れてきて、別のことが書きたくなり、『ツアー・オブ・ザ・リビングデッド』というゾンビの論文を書きました」

 論文のタイトルは、ゾンビ映画の巨匠、ジョージ・A・ロメロ監督の映画タイトル『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』をもじったもので、ゾンビコンテンツを旅行コミュニケーションの視点から分析している。

「2013年にコンテンツツーリズムをテーマにした『n次創作観光』という本を出版。本の中の対談記事で、次はゾンビの本を出したいと書いたところ、人文書院という出版社の編集者から『ゾンビの企画は進んでいますか?』と連絡があったのです。それがきっかけで本格的にゾンビの研究をするようになりました」

 大学では、どんな講義をしているのか。

「ゾンビを、3つに分類しました。ひとつは、現実のゾンビ。ブードゥー教のゾンビがそれにあたります。さらに自然界のなかにもゾンビがあって、寄生虫の中には宿主に化学物質などを分泌して操り、ゾンビ化させるものがあります。もうひとつは虚構のゾンビ。映画やアニメ、小説などに出てくるゾンビですね。最後が概念のゾンビです。ゾンビというのは便利な言葉で、なにか悪い状態に陥った時に使われます。例えば、第1回から第180回国会までの衆参両院の本会議と全委員会を検索すると、ゾンビという言葉は52回使われていて、その中で最も多く使ったのが民主党で22回でした」

 分類された3つのゾンビは、それぞれ繋がりがあるという。

「虚構のゾンビは、現実のゾンビに影響を受けています。最初のゾンビ映画は、1932年の『ホワイト・ゾンビ』で、ブードゥー教のゾンビをモデルにしています。概念のゾンビは、これまで映画などで描かれてきた虚構のゾンビのイメージから作られています。このように、ゾンビを整理することによって、ゾンビについての知識が広がります。また、ゾンビが登場するコンテンツを分析すると文学的視点、ゾンビ映画の興行収入の変化は経済的観点、ゾンビイベントに集客して利益を上げる方法を探るなら経営学的観点、ゾンビコスプレをしている人たちの心に迫るなら心理学的観点、ゾンビコンテンツが社会にどのような影響を与えるかであれば、社会学的観点が必要になります。ゾンビへの視点、アプローチはたくさんあるのです」

 それにしても、ゾンビを学んで学生には何の役に立ったのか。

「私の講義の本来の狙いは、ゾンビそのものを探求することではありません。ゾンビを素材にして、研究の仕方を身に着けるのが目的です。研究するときのものの見方や探求の方法、考える力、物事に対する姿勢を学びます。これは様々な場面に応用可能な生活の知恵になると考えています。企業にとっても即戦力になるし、家事や趣味の役にも立ちます」

 講義の最終レポートでは、ゾンビではなく自分の好きなテーマを選んでもらい、ゾンビを研究した手法を使って研究論文を書かせているという。

「ゾンビ映画で描かれた光景が現実の世界とダブることがよくあります。トランプ大統領がかつてメキシコとの国境に壁をつくると発言した時は本当にびっくりしました。ゾンビ映画でもゾンビを避けるための壁が出てくるからです。映画に登場するゾンビの如く、コロナ禍でも感染者は隔離され、排除されています。ゾンビは、学問として役立つということですよ」

週刊新潮WEB取材班

2020年5月15日掲載

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