志村けんさんを救えなかった人工肺「エクモ」 故・勘三郎の悪夢ふたたび…

エンタメ 芸能 週刊新潮 2020年4月9日号掲載

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「エクモ」と呼ばれる「人工肺」はウイルス性肺炎の治療に効果的だ。が、その装置であっても志村けん(享年70)を救えなかった。8年前に逝った中村勘三郎(享年57)も人工肺で3カ月生きながらえたものの生還できず――。

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 最終的に肺がほとんど機能しなかった志村は、エクモと呼ばれる体外式膜型人工肺で生命を維持していた。エクモと聞いて思い出されるのが、2012年12月に逝去した中村勘三郎だ。勘三郎は患っていた食道がんの手術は成功したものの、誤嚥で重い肺炎にかかって肺のレントゲンは真っ白の状態。そればかりか、致死率の跳ね上がる重篤な「ARDS」(急性呼吸窮迫症候群)を発症した。がん手術を受けた病院では手に負えない領域の治療だったので転院を余儀なくされ、そこでエクモによって命を繋ぎとめながら懸命の闘病を続けたのだった。

 まず、志村がエクモと出合うまでを辿ろう。彼が“世間”から姿を消したのは、3月16日のことである。

「フジテレビ本社のスタジオで、『志村でナイト』という番組の収録があったので、志村さんはお昼前に東京・台場の本社にやってきていました。しかし、到着直後から明らかに体調不良。正面玄関の車寄せから地上2階のタレントクロークに直行し、彼の楽屋にすぐ入りましたが、“気持ちが悪い”と言い出したんです」

 と、フジのスタジオスタッフ。志村の楽屋は広い和室で、普段はそこでディレクターらと打ち合わせなどを行う。しかしこの日、スタッフは中に入れず、廊下に立って所属事務所のマネージャーと話し合いを続けた。異様な光景だった。

「スタジオでは照明から何から全てセットが済んでいたのですが、収録は中止に。結局、志村さんは車イスで社を出て行きました」(同)

 志村を見送る面々は、その弱々しい後ろ姿にただならぬものを感じ取っていた。

 都内の自宅に戻った志村は4日間静養したものの回復せず、20日に主治医の往診を受けた。そこで“普通の風邪ではない”と診断され、東京済生会中央病院に入院する。事務所関係者によると、

「それでも病状は悪化する一方で、23日夜に新宿・国立国際医療研究センターに移りました。この段階でコロナ陽性が判明。そこから逆算し、17日には既に新型コロナによる肺炎を発症していたと診断されました」

 その報を受け、フジテレビ内にかなりの緊張が走ったのは無理からぬこと。

「タレントクロークは毎日消毒され、その匂いで充満しています。“社内の人間は大丈夫なのか?”という声も飛び交うほど。撮影当日のゲストには、ももいろクローバーZがキャスティングされていました。彼女らは志村さんのところへ挨拶に訪れる前でセーフでしたが……」(先のスタッフ)

 志村の病状に話を戻すと、

「医療研究センターでは、最初から意識がほぼなくICU(集中治療室)に入って面会謝絶に。すでに人工呼吸器を使える状態ではなく、最終兵器のエクモを使う状態でした。入院中に一度、手が動いたことがあって、もしかしたら快方に向かっているのでは……と思わせた瞬間もあったのですが、結局、意識は戻りませんでした」(先の関係者)

 エクモは、肺機能が著しく低下した重い呼吸不全の患者の治療に用いられる。

 東京医科大の阿部信二呼吸器内科診療科長によると、

「肺の一番大事な機能はガス交換。肺で血液に酸素を取り込み、その血液が全身に送り出されるわけです。しかし、広範囲で肺に障害が起きるとガス交換ができなくなる。通常なら人工呼吸器を使って肺に酸素を送り込みます。ただ、高濃度の酸素を投入すると活性酸素等がでてしまい、結果的に人工呼吸器関連の肺障害になり、かえって症状が悪くなる場合もあります。一般的には、人工呼吸器を使っても、体の酸素の状態が保てないほど呼吸障害が進んだ場合に、エクモへ切り替えることになります」

 ICUのベッドに横たわる志村の太ももの付け根の血管から腹部の下大静脈には、カテーテルが挿入されていた。そこから取り出した血液はポンプに続く人工肺で酸素を取り入れた後、今度は志村の首の付け根の血管から戻されていく。太い血管に管を刺し込むわけで、それが抜けたりすれば一大事。24時間の看護態勢もむなしく、29日夜、志村は亡くなった。

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