なぜ「子どもたちのテレワーク」はすすまないのか? 学校教育を「がんじがらめ」にしている正体 

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 東京都では公立校の授業再開延期が決まり、小中学校の休校もまだ続きそうだ。そんな中での大きな問題は、子どもたちの授業をどうするのかということ。社会人は家で作業をするテレワークがかなり進んできたが、子どもたちが家で授業を受けられるという形にはなっていない。

 とはいえ、学校と家を通信でつないで授業をすることは、技術的には難しくないような気もする。なぜ今まで進んでこなかったのだろうか。

 実は、政府はこれまでも通信を使った「遠隔教育」を推進しようとしてきた。これから新たな科目が増えていくと、その新しい科目を教えられる先生の数が限られてしまうので、それをテレビ授業で補おうと考えているからだ。同時に、少子化への対応という面もある。政府の規制改革推進会議の委員を務めたことがある原英史さんは、著書の『岩盤規制 誰が成長を阻むのか』の中でこう説明している(引用はすべて同書から)。

「なぜ遠隔教育を議論するかというと、特に英会話やプログラミングのような新たな科目では、教えられる先生はどうしても限られる。これから、さらに新たな科目が拡大していく中で、テレビ会議方式の遠隔教育の必要性は高いからだ。

 また、少子化と地方縮小に伴い、とりわけ過疎地などでは、学校規模の縮小や、学校の統廃合も進んでいる。都市部と比べて十分質の高い教育が得られなかったり、学校が近くにないために若者が地方を離れざるを得ないことにもつながる。ここでも、遠隔教育は有効だ」

 さらに、たとえば少子化にともない教師の数も減る中、専門の教師がいないため、専門ではない教師がその科目を教えるということはままある。そんな場合でも、遠隔教育をうまく利用すれば問題は解決する。このように、遠隔授業のメリットは様々あるのだが、実際にはこれまで普及してこなかった。技術的な問題でもないようだ。理由は何なのだろうか。

「テレビ会議・テレビ電話の技術は、2000年前後から広く一般に普及した。ビジネスでの活用はもちろん、携帯電話により日常生活でも当たり前にできるようになった。民間の予備校や英会話スクールなどでもとっくに導入された。ところが、学校教育ではほとんど活用されていないのは、規制の制約が大きな要因だ。

 先生と生徒が同じ教室にいることが大前提とされ、遠隔教育は、『机間(きかん)指導』(先生が机の間を巡回して指導すること)ができないとの理由で制約されてきた」

「机間指導」というのは、字の通り、先生が生徒の机の間を回ってキメ細やかに行う指導という意味だ。もちろんそれは重要なことだが、その机間指導ができなくなる、というのが、教育の現場で遠隔教育が進んでこなかった理由の一つだった。だが、理由はもちろんこれだけではない。

「高校では、2015年からようやく、画面の向こうに科目免許のある先生がいれば、生徒のいる教室にはいなくてよい(ただし、科目免許のない先生は必要)との規制緩和が実現した。しかし、2017年時点での導入例は、全国5千の高校のうちわずか35校だ。小中学校では、まだ高校並みの規制緩和もなされず、限られた実証事業しかなされていない。

 なぜ導入が進まないかというと、現場でIT導入へのハードルが高いなどの問題もあるが、根本的には、文部科学省が後ろ向きだったからだ。

 そして、なぜ文科省が後ろ向きかというと、『遠隔教育を導入すると、きっと教員の人数削減につながる』との危惧を持っているためだ。教員の人数削減は、文科省の予算の削減に直結する。例えば小中学校の場合、運営は市区町村だが、教員の人件費の3分の1は国が負担する仕組みだ。文科省にとっては、国の予算を確保して自治体に配ることが、いわば権力の源泉だ。予算削減につながりかねない遠隔教育に後ろ向きな所以だ。

 もちろん、私たちは、教育の質の向上のために遠隔教育の導入・拡大を求めているのであって、教員や予算の削減など考えていない。だが、警戒はなかなか解けない。文科省の予算という利権が、子どもたちの未来を支えるはずの遠隔教育を阻んできた」

 いわゆる「省益」のために、国民の利便が失われているのだとすれば大きな問題である。実態について、原氏はさらにこう説明する。

「高校では2003年に、ITやプログラミングを教える『情報』という科目ができた。だが、新しい科目なので当たり前だが、先生が足りず、多くの学校には『情報』の免許のある先生がいない。

 こういったときこそ、遠隔教育を使えばよいはずだが、ほとんど使われていない。

 代わりにどうやって対応しているかというと、『免許外教科担任制度』という制度を使い、ほかの科目の免許の先生が特例的に教えている。2017年、『情報』科で『免許外教科担任制度』を使った件数は、1248件にのぼった。

 これは、もちろん生徒たちにとって好ましいことではない。また、教える先生方にとっても負担だ。本来免許のない科目を教えるため、責任感の強い先生ほど多大な事前準備を伴う。学校現場を見学した際にそうした先生のお話も伺ったが、本当に苦労されていた。

 今後プログラミング教育が小中学校に広がり、さらに新たな科目も増えていく。問題はますます大きく広がりかねない」

 この「免許外教科担任制度」は、文科省の事なかれ主義的な体質をよく表している。

「『免許外教科担任制度』とは、いったい何なのか。法律上の根拠を調べると、1953年(昭和28年)に教育職員免許法の改正がなされた際、附則で『当分の間』の措置として定められている。戦後すぐで教員の数が足りない状況下、『当分の間』はやむをえないとして設けられた制度だった。

 こうした条文を60年以上も使い続けているのは、私には到底理解しがたい。そこで文科省に質問を投げかけたのだが、ともかく『必要だ』との回答だった。

 遠隔教育に関する議論は、規制改革推進会議で長らく続けている。半歩ぐらいは前進しつつあるが、歩みがあまりに遅い。いつまでもこんな議論をしていたのでは、本当に日本の子どもたちに申し訳が立たない」

 今こそが制度を変えるチャンスではないのだろうか。

デイリー新潮編集部

2020年4月5日掲載

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