FRB「ゼロ金利復活」で迫られる日銀「黒田総裁」の決断

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 新型コロナウイルスの感染拡大が世界経済に大きな影響を与えている。

 株式市場では世界同時株安が進み、外国為替市場では急激な円高となっている。

 事態を重く見たFRB(米連邦準備制度理事会)は3月16日朝、週明けの米市場が開く前に緊急に事実上の「ゼロ金利政策」を4年ぶりに復活させた。併せて量的緩和も実施する。

 こうした状況を受け、日本銀行は3月18、19日に開催する金融政策決定会合で、追加緩和策に踏み出さざるを得ないと見られていたが、急遽、前倒しして本日16日正午から緊急の決定会合を行うことにした。

 日銀が緊急で金融政策決定会合を開くのは9年ぶり、黒田東彦総裁にとっては2013年の就任後初めてのことだ。

 だが、日銀の選択肢には“一長一短”がある。果たして、日銀はどのような追加緩和策を打ち出すのか。考察してみたい。

大波乱の株式・為替市場

 株式市場が大荒れに荒れている。

 3月9日の日経平均株価は2万円台を割り込み、1万9472円まで下落し、年初来安値を大幅に更新した。その後も下げは止まらず、一時は1万7000円をも割り込んだ。FRBの決定を受けて16日の午前中は反発して始まったが、その後は再び下げに転じて1万7000円台の前半である。新型コロナ問題が発生して以降の下げ幅は7000円を超える水準に達した。

 同じく9日の米国NY市場でも、ダウ平均株価が一時2000ドルを超える大暴落となった。1日当たりの下げ幅としてはリーマンショックを超え、取引時間中の下げ幅としても過去最大を更新。株価の暴落により、緊急措置として取引を停止する「サーキットブレイカー」が発動するほどだった。

 その後も暴落は続き、11日には9日に次いで過去2番目の下げ幅を記録。先週末にドナルド・トランプ大統領が500億ドル(約5兆4000億円)の緊急経済対策実施を発表したことで13日の終値は一転反発、1985ドルという史上最大の上げ幅を更新して2万3185ドル62セントで終えたものの、1週間の下げ幅は2600ドルを超えており、投資家の不安心理はまだ解消されていない。

 さらに外国為替相場でもドルが暴落した。2月21日には1ドル=112円台だったドル・円相場は、3月9日には1ドル=101円前半までドル安・円高が進み、1ドル=100円台を伺う展開となった。約3週間で10円以上の急激な円高進行となった。

 ただ、トランプ大統領の経済対策を受けて今度は一挙に円安ドル高が進み、13日のNY外国為替市場の円相場は、1ドル=108円台前半をつけた。

 こうした株価の暴落や急激な円高の進行は、もちろん新型コロナの影響による世界経済の悪化を懸念したリスク回避の動きが原因だが、「政府や中央銀行への対策を催促している」(株式市場関係者)側面も強かった。

 もっとも迅速に対応したのは、FRBのジェローム・パウエル議長である。

 同議長は2月28日、新型コロナの感染拡大にあたって、

「我々は政策ツールを用いて、経済を支えるために適切に行動するだろう」

 とする緊急声明を発表し、利下げを示唆した。

 そして3月2日には黒田東彦日銀総裁も、

「日本銀行としては、今後の動向を注視しつつ、適切な金融市場調節や資産買い入れの実施を通じて、潤沢な資金供給と金融市場の安定確保に努めていく方針である」

 とする緊急談話を発表した。

 ただし、これには利下げの可能性を示唆する文言は含まれておらず、「適切な金融市場調節」や「資産買い入れの実施」により、資金供給を行うことを示しただけだった。

 そして3月3日にはG7(主要7カ国)財務相・中央銀行総裁が緊急電話会議を開催し、新型コロナの感染拡大に伴う景気下振れリスクに対応すべく、

「あらゆる適切な政策手段を用いる」

 とする共同声明を発表した。

 これに呼応するように同日、FRBは3月17、18日に開催予定だった定例のFOMC(米連邦公開市場委員会)を前倒しし、臨時FOMCを開催して0.5%の利下げに踏み切った。

 ここまでの動きは、3月5日の拙稿『「新型コロナ対策」米FRB「緊急利下げ」で迫られる「黒田日銀」の決断』にも取り上げたので、参考にしていただきたい。

 そして冒頭で触れたとおり、FRBは16日朝、1%の緊急利下げを発表し、事実上の「ゼロ金利政策」を復活させると同時に、市場に大量の資金を供給するための量的緩和も実施すると発表した。具体的には、国債や住宅ローン関連の証券などを7000億ドル(約74兆円)買い入れるという。

 これで俄然、日銀の対応にも注目が集まってきたわけだが、無論、黒田総裁もその間、無為であったわけではなく、緊急談話で述べた「資産買い入れ」を実施し、ETF(上場投資信託)の買い入れを積極的に実施している。いわゆる“公的資金による株価下支え”だ。すでに、3月2日、6日、9日には各々1000億円を超えるETF買い入れを行った。

 以後も、新型コロナの感染拡大に伴う急激な円高・株安を受け、3月9日にも、財務省・日銀・金融庁は緊急協議を実施し、

「状況変化を見極めながら、必要な対策を迅速にとっていく」

 という方針を確認しているが、経済悪化に対する懸念、市場の動揺が沈静化する気配はない。

150年ぶりの歴史的な金利低下

 そこで重要性を増すのは、政府が10日にとりまとめた新型コロナの第2弾緊急対応策とともに、日銀が3月18、19日に開催する金融政策決定会合での追加金融緩和の行方だ。

 追加緩和の選択肢としては、

(1)政策金利の引き下げ(マイナス金利幅の拡大)

(2)長期国債の買い入れ強化

(3)資産買入れ(ETF買い入れ額の増額)

 などが考えられるが、現実的に現在の日銀に取り得る追加緩和の選択肢はそれほど多くない。

 まず、「政策金利の引き下げ」だが、現在の政策金利は2016年1月にマイナス金利政策が開始され、金融機関が日銀の当座預金に預けることを義務付けられている「法定準備預金額」を超えて預けられた「超過準備」に対し、-0.1%の金利を課すことになり、同金利が政策金利となっている。

 その後、同年9月に「長短金利操作付き量的・質的緩和(イールドカーブ・コントロール)」が導入され、短期金利の-0.1%、長期金利(10年物国債金利)をゼロ%程度とすると定めた。つまり、「超過準備」に対する金利により、短期金利をコントロールする仕組みとなっている。

 従って、政策金利の引き下げの実施は、短期金利の-0.1%を、さらにマイナス金利幅を拡大して-0.2%以下に引き下げることを指す。

 しかし、この判断は非常に難しいだろう。

 第1に、マイナス金利政策は非常に副作用が大きく、利ザヤ縮小による銀行収益の悪化で、現実に地方銀行などの経営が不安定化している。

 それだけに、マイナス金利幅の拡大は、金融機関の収益を一段と悪化させ、金融仲介機能をマヒさせる可能性もあり、さらには、地方銀行などの“経営破綻の引き金”にもなり兼ねない。米欧ではマイナス金利政策への懐疑論が一般的になりつつある。

 さらに、米国が3日に実施した0.5%の緊急利下げに次いで、さらなる追加利下げでゼロ金利政策を復活させたわけで、これでは日銀が政策金利を引き下げても“無駄足”となる可能性がある。

 簡単に説明すると、日米の金利差により、日本よりも金利が高い米国のドルが買われていたのが、米国の緊急利下げにより日米の金利差が縮小したことで、ドルが売られ、円が買われたことが円高進行の一因とするならば、米国が追加利下げを行えば、再び、日米の金利差が縮小することになる。

 米国は2015年12月には利上げに転じたことで、まだ利下げ余地があったものの、日本はマイナス金利幅をこれ以上に拡大することは難しい。

 それでなくとも、米国では3日の緊急利下げにより市場金利が急落している。2月20日に1.5%だった米国10年国債利回りは、3月9日には一時0.3%台まで低下した。

 ノーベル経済学賞受賞者のロバート・シラー米エール大学教授は、米国の10年国債利回りが1.0%を下回るのは過去150年間なかったことで、歴史的な金利低下となっており、日米の金利差も急激に縮小しているのだ。

金融政策の“後戻り”

 では、日銀の追加緩和として「長期国債の買い入れ強化」はどうか。

 日銀による国債買い入れは、2013年4月の量的・質的金融緩和(黒田バズーカ第1弾)で長期国債の保有残高を年間約50兆円のペースで増加させることを決め、2014年10月の量的・質的緩和の拡大(黒田バズーカ第2弾)で、

「長期国債の保有残高の増加額を年間約80兆円をめどとしつつ、弾力的な買い入れを実施する」

 こととした。現在でも、この方針は変更されていない。

 日銀の営業毎旬報告(2月29日現在)によると、国債保有残高は492兆3670億円で、財務省の国債等の保有者別内訳 (2019年9月末)では日銀は国債発行残高の46.8%にあたる489兆9509億円を保有している。

 しかし、実は日銀は国債の買い入れ額を着々と縮小しており、近年では年間の長期国債の保有残高増加額は、目標としている約80兆円をはるかに下回る30兆円以下となっている。

 これは、日銀と同時に超低金利政策による金融緩和を実施していた欧米で、米国が金融政策の正常化(利上げ)に転じ、欧州での正常化に向けた動きが進んでいたことで、日銀も金融政策の正常化を標榜して、超低金利政策からの”出口戦略“として国債の買い入れ額を縮小させたことによる。

 加えて、前述の通りに2016年9月から「長短金利操作付き量的・質的緩和(イールドカーブ・コントロール)」に金融政策が変更され、「国債の買い入れ量ではなく長期金利(10年物国債金利)をゼロ%程度にする」ことが金融政策の目標となったことで、年間の長期国債の保有残高増加額80兆円は“飾り”となった。

 だが、ここで再び国債の買い入れ強化を行うことは、日銀が金融政策の正常化に向けて密かに国債購入額を縮小させ、国債保有残高の削減を行った “ステルステーパリング”の努力を“水泡に帰す”こととなり、金融政策の正常化を一段と遅らせ、日銀のバランスシートを悪化させることにつながる。

 何よりも、国債の買い入れ強化は、「国債の買い入れ量ではなく長期金利(10年物国債金利)をゼロ%程度にする」としたイールドカーブ・コントロールへの金融政策の転換を撤回し、再び、長期国債の買い入れによる「量的・質的金融緩和」へと金融政策を“後戻り”させることを意味する。

 その上、前述のように米国の10年国債利回りが大幅に低下している状況下では、国債の買い入れを強化しても日本の10年物国債金利を下支えするのは困難な状況だ。

後々に大問題が

 そうなると、追加金融緩和として最も可能性が高いのは、資産買入れ(ETF買い入れ額の増額)だろう。

 日銀によるETF買い入れは、2013年4月にETFの保有残高が年1兆円ずつ増加することが決められ、2014年10月には買い入れ額を年3兆円、2016年7月にさらに買い入れ額を年6兆円に拡大した。日銀の営業毎旬報告(2月29日現在)によると、ETF保有残高は28兆8718億円となっている。

 3月2日の黒田東彦日銀総裁の緊急談話以降、日銀はETF買い入れを活発化している。

 現在の日銀にとってETFの買い入れ額拡大が、最も簡単に強化できる追加緩和であることは間違えない。従って、追加緩和策としては現状のETFの保有残高の年6兆円の増加を年10兆円程度にまで拡大してくる可能性が高いと思われる。

 しかし、ETF買い入れ額の拡大にも大きな問題が潜んでいる。

 それは、ETFの保有残高が拡大することによる日銀のバランスシートの悪化だ。

 3月10日、黒田総裁は参議院の財政金融委員会で、日銀がこれまでに買い入れたETFについて、

「去年9月末までの保有状況からすると、日経平均株価が1万9000円程度になると時価が簿価を下回る。最近の状況を含めると、あと500円ほど高い水準でそうなる」

 ことを明らかにした。

 つまり、新型コロナの感染拡大に伴う日経平均株価の急落を支えるために行っている直近のETF買い入れは、日経平均株価が1万9500円を下回ると含み損が発生することになる。すでに10日の日経平均株価は一時1万8891円まで下落したし、先述のとおり16日午前の段階でも1万7000円台前半である。すでに相当の含み損を抱えた状態であると類推される。

 それ以上に問題なのは、買い入れたETFの処理方法だ。

 2018年4月20日の拙稿『日銀「出口戦略」に立ちはだかる「18兆円爆弾」の処理方法』でも指摘した通り、国債はどれだけ大量・巨額に保有していても、買い入れを停止すれば、すべて償還を迎えて残高はゼロになるが、ETFには償還がないため、日銀が買い入れてしまったETFは、出口戦略としては“売る”しかないのである。

 だが、もし日銀が金融緩和策の出口戦略として保有するETFの売りに動けばどうなるのか――結果は想像に難くない。

「実際にETF売りを行わなくても、売りを行うというアナウンスだけでも、株価が暴落する可能性がある」(株式市場関係者)

 と見られているのだ。

 つまり、日銀は大量に抱えたETFを“売ることもできない”のだ。やがて、日銀が保有するETFの処理方法は、間違いなく大きな問題となるだろう。

「新型コロナウイルス対策金融機関支援」

 ちなみに、追加緩和策とは言えないが、日銀が18、19日に開催する金融政策決定会合で打ち出す政策として、非常に可能性が高いのが、「貸出支援基金等を通じた資金繰り支援策」だろう。

 日銀によるとこの支援策は、

「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する観点から、金融緩和効果を一段と浸透させるための措置として、バランスシート上に基金を創設し、わが国経済の成長基盤強化および貸出増加に向けた民間金融機関による取り組みを支援するため、適格担保を担保とする資金供給」

 と規定されている。

 実は、東日本大震災と熊本地震では、この仕組みを使って「被災地金融機関支援」が行われた。金融機関を対象に資金需要への初期対応を支援するため、長めの資金供給を実施し、担保適格要件の緩和を行った。

 これを、たとえば「新型コロナウイルス対策金融機関支援」と“衣替え”し、新型コロナにより経営が傾き、資金繰りが厳しい企業向け融資を後押しすることは、「日銀が直接的に実施できる新型コロナ対策」でもある。おそらく、18、19日の金融政策決定会合ではこれに類する支援策が打ち出されるだろう。

 ここまで、日銀が取り得る追加緩和策とその問題点を考察した。選択肢となる(1)政策金利の引き下げ(マイナス金利幅の拡大)(2)長期国債の買い入れ強化(3)資産買入れ(ETF買い入れ額の増額)のいずれもが、多くの問題を内包していることがご理解いただけただろう。

 とは言え、日銀が打ち出す追加緩和策こそが、日銀の新型コロナ対策にかける“本気度”を示すことになるだろう。

鷲尾香一
金融ジャーナリスト。本名は鈴木透。元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。

Foresight 2020年3月16日掲載

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