角川歴彦(KADOKAWA取締役会長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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 インターネットとデジタル技術は、出版界にも変革を迫る。株市を上場させたKADOKAWA は、その豊富な資本力を背景に、オフィス、印刷製本工場、ミュージアム、ホテルなどが立ち並ぶ「ところざわサクラタウン」を今夏、埼玉県にオープンさせる。いったいここから何が始まるのか。

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佐藤 デジタル技術の進化によって、出版界を取り巻く状況は一層厳しさを増しています。その中にあって、角川会長はいちはやくデジタル化に向き合い、正面から取り組んでこられた経営者です。

角川 1990年代に大きな変化が始まったわけですが、最初はインターネットとデジタルが不可分に語られていましたよね。それからインターネットがもてはやされ、今はデジタル革命がすごいという話に変わってきた。技術もサービスも変化が速すぎて、全体が見えにくい。その中でコンテンツを受け取る人たちもどんどん変わってきました。

佐藤 それは、出版社にとっての読者のことですよね。

角川 僕は人と人とのコミュニケーションよりも人が創造するコンテンツの方が上位のレイヤー(階層)だと思っているのですが、SNSによってコミュニケーションがどんどん変わり、それを中心に物事が回り始めた。ニコニコ動画などが生まれ、コミュニケーションの変革はこのあたりで終わったかなと思っていたら、さらに進化している。

佐藤 会長は、デジタル化によって「あらゆる産業は再定義される」と仰っています。出版はどのように再定義されますか。

角川 もともとインターネットが生まれるまでは、出版物から知識を得る人がほとんどでした。だからその頃の出版社は「栄華の時代」です。ところがインターネットが普及して、出版物以外からも知識を得られることがはっきりした。たぶん最初に大きな影響を受けたのは百科事典じゃないでしょうか。

佐藤 そうでしょうね。

角川 僕ら出版人は、知識人が署名入りで書いた百科事典をずっと大切にしてきましたが、世の中の人たちはそうした思いを共有してくれなくなった。

佐藤 若い人たちにとって、辞書、事典はネットの中にあるものです。

角川 よく知識産業なんて言われましたが、そこに出版界はあぐらをかいていたわけです。そしてiPhoneが出てきて、その知識が質的に変わり始めた。「知識」から「情報」になったんです。僕らはまだ知識というのは紙に固定させるものだと思っていますが、情報は定着も固定もされない。

佐藤 情報は流れていくだけです。

角川 グーグルは、最初、世界中のあらゆる本を検索できるようにするんだ、と言っていたのに、途中からガラリと変わって「情報」の方に行ってしまった。それで検索の世界で覇権を握ることができたわけだから、企業としては正しかったのでしょうが。

佐藤 ビッグデータを集めて、ビジネスにする方向ですね。

角川 出版界も知識から情報へ、という洗礼を受けることになった。例えば、書籍が情報化していきました。書籍は知識の宝庫だったけれども、情報的な書籍を作らないと世の中のニーズに応えられない状況ができてしまった。その先陣を切ったのが新書ですよ。「2時間でわかる世界」などは、知識というより情報です。

佐藤 確かに新書はそう言えますね。昔は総合雑誌に多くの読者がいた。総合雑誌には三つ読みたい記事があれば売れると言われていましたが、新書がそれに取って代わった。知りたいテーマがコンパクトにまとめてある。ただそこで怖いのは、情報化してくると、欲しい情報だけを探しにいくようになることです。そこが知識と違う。

角川 その通りです。

佐藤 例えば、韓国はとんでもない国だという内容の本がどんどん出るようになる。それで新書にヘイト本が増えてきた。

角川 佐藤さんからは私的な勉強会で、ヘイト本を出すようになったら出版社はダメになると言われて、そうした傾向のものを一冊出したとたん、叱られました。

佐藤 ヘイト本を出すことの良し悪しよりも、出すことによって何が起きるかが問題です。要は危機管理ができているかどうか、です。

角川 そうですね。ただそうした本が突然生まれてきたわけではない。情報化という不馴れな状況がそこにある。

佐藤 よくわかります。それに出版社は、知識のコンテンツとして、自分たちでは絶対に賛同しないものを出版しなければならないこともある。角川文庫があえてチャレンジしているのは、ヒトラーの『わが闘争』ですよね。結局、ヒトラーが何を考えていたかは、角川文庫版以外で知ることができない。

角川 刊行した当時、西ドイツ大使館から抗議がありましたね。なぜあんなものを文庫にするんだって。

佐藤 一方で、角川文庫にはここでしか読めないベーシックなコンテンツもたくさんあります。猪木正道氏の『共産主義の系譜』とか、宇野弘蔵氏の『経済学』とか。こうした本は短期の採算ベースでは決してプラスにならないでしょうが、長期では損益分岐点を超えると思います。

角川 昔、「白帯」と言っていたカテゴリーですね。今は角川ソフィア文庫が継承しています。

佐藤 それとソフィア文庫の『仏教の思想』全12巻。仏教を体系的に知るのに、これを超える書籍はないわけです。こうした知識のコンテンツを出し続けていくのは、やはり会長の思いがないと成立しない。

角川 もちろん商業ベースでは、できないものもあります。それでも長い視点で、出しておかなきゃいけないものは、角川文化振興財団で出しているんですよ。「短歌」や「俳句」などもそうです。

佐藤 いま財団と、私が教えている沖縄の名桜大学が提携して、「琉球文学大全」を作るプロジェクトを進めています。これも商業ベースでは成り立たない。ただ、いま琉球語ができる人がどんどん減っていますから、この数年を逃したらまとめられないんです。これは22世紀、23世紀の日本に残しておかなければならない本です。これを引き受けてくださったのは角川さんだけで、大変感謝しています。

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