槇原敬之の逮捕――なぜ、覚醒剤事犯は繰り返されるのか 「Mr.マトリ」が説く、覚醒剤の恐ろしさ

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 2月13日、シンガー・ソングライターの槇原敬之(50)が、覚醒剤や危険ドラッグを所持したとして、覚せい剤取締法違反(所持)と医薬品医療機器法違反(指定薬物の所持)の容疑で逮捕された。

 現状、詳細は不明だが、1999年にも覚せい剤取締法違反容疑で逮捕されているので、21年ぶりの再逮捕ということになる。

 毎年のように誰か有名人が逮捕されることもあって、多くの場合、報道の主眼は、「仕事への影響」「使用時の状況」といった個別のケースを伝えることになりがちだ。しかし、こうした有名人の逮捕を受けて、知っておくべきは、やはりこうした薬物の恐ろしさではないだろうか。違法薬物捜査に約40年間携わった元・麻薬取締部部長の瀬戸晴海氏は、著書『マトリ 厚労省麻薬取締官』で覚醒剤の本質と恐ろしさを詳述している(以下、引用はすべて同書より)。

 まず基本を押さえておこう。欧米はじめ世界各国ではヘロインやコカイン、大麻のほうが蔓延している。ハリウッド映画などで登場人物が使用しているのは大抵、コカインなどの白い粉だ。

「日本のように覚醒剤が(違法薬物の)中心的な存在という国は極めて稀(まれ)なのだ。ちなみに、ドゥテルテ大統領が麻薬撲滅戦争に乗り出したフィリピンでは、覚醒剤を『シャブ』と呼ぶ。日本のスラング(俗語)が他国でそのまま流用されるほど、覚醒剤は我が国との結びつきが強い」

 多くの場合、逮捕された有名人らが口にする動機は「ストレスがたまったので」「プレッシャーから逃れるために」「快楽目的で」といったものだ。しかし、これではあたかも覚醒剤をやるとスッキリする、気持ちいい、とPRしているも同然ではないか。こんな言い訳をただ紹介しても覚醒剤の本当の怖さは伝わってこない。我々が知るべきは、その先にある「地獄」のはずだ。

 数多くの使用者と対峙してきた瀬戸氏はその恐ろしさについて、個人の生活環境等が大きく影響するとしたうえで、最悪のケースについて、こう記述している。

「薬物乱用を繰り返して『依存症』に陥ると、強烈に薬物を渇望(かつぼう)するようになり、自らの意思では歯止めが利(き)かなくなる。当然ながら、薬物を購入するには資金が必要だ。覚醒剤の場合、日本の末端価格は世界でも指折りの高さ(1グラム6~7万円)であり、常習者は年間200万~300万円を注(つ)ぎ込まざるを得ない。相当な資産家でもない限り、すぐに資金は底をつくだろう。それでも覚醒剤と手を切れないと、家族に金を無心(むしん)し、ヤミ金に手を出す。友人・知人を騙(だま)すだけでなく、泣き落としに恫喝(どうかつ)、暴力まで振るうようになる。そのうちに性格まで変貌(へんぼう)を遂(と)げ、性秩序も大きく乱れていく。

 息子や娘が覚醒剤に嵌(は)まった場合、家族はたまったものではない。繰り返し騙され、繰り返し傷つき、その度に打ちのめされる。

『説得して入院させたんですが、退院するとまた手を出しました。このままでは家族が崩壊します……』

 そんな惨状を訴えてくる親は決して少なくない。同じ親や妻から2、3年毎(ごと)に相談を受け、その度に同じ息子や夫を2度、3度と逮捕したこともある。

 同時に、使用者本人も苦しみ続けるのだ。『いますぐにでも止(や)めたい』と考え、シャブをゴミ箱に投げ捨てたが、慌ててゴミをかき分けてまた拾い上げてしまう。

『寂(さび)しい。また、シャブのスイッチが入りそうだ。もう死にたい……』

 深夜にそんな電話を受けて必死に説得し、病院へと連れて行ったことは数知れず。とはいえ、彼らが完全に立ち直れるかどうかは我々には分からない」

 さらには、覚醒剤がもたらす妄想は凄惨な二次犯罪を引き起こすこともある。

「誰かに狙われている。俺を殺しにくる。マトリが電波攻撃を仕掛けている!」

「監視されている。マトリが天井から覗(のぞ)いている!」

「お前は絶対に浮気している」

 この手の妄想から犯罪に走るのだ。

 その妄想の凄さを示しているのが同書で紹介されている覚醒剤常習者が住む室内の様子だ。

 その部屋の襖にはこんな激しい妄想の数々が書きなぐられている。

〈おまえは、俺、家、ネコ、イヌ これを捨てた! このうらぎりもの!! 自分勝手もここまでだ!! おまえはコロス〉

〈よくも俺から子供をとったな!! おまえは見つけたらコロス!! 子供は親なし おまえのせい〉

 こうした妄想から「二次犯罪」へと走り、無差別の傷害や殺人にまで及ぶことがあるのだ。繰り返すが、むろんこれは最悪のケースであって、覚醒剤をやれば誰もがこのようになるわけではない。クスリにプラスして生育環境、経済状況、本人のパーソナリティなどが複合的に作用した場合に、「地獄」は生まれる。ただ、快楽目的で安易に手を出した先には、最悪こうしたことが起こりうるということは知っておく必要があるだろう。また、仮にここまで至らなくても、人間関係や社会的地位を台無しにしてしまうのは間違いない。うまいことクスリとつきあってきたつもりの芸能人たちの失墜を見れば明らかだ。

 瀬戸氏は、次のように記している。

「マトリや警察がどれだけ目を光らせても、すべての悲惨な事件をなくすことはできない。覚醒剤は人を狂わせるが、惨劇を引き起こすのは常に末端の常用者だ。そして、恐怖に慄(おのの)き、地獄の苦しみを強いられるのはいつも罪のない弱者である。薬物犯罪ほど理不尽なものはない」

「妻の首に包丁を突きつけて人質にしようとした」「年端(としは)も行かないわが子にシャブの密売を手伝わせていた」「乳児のおしめにシャブを隠していた」「幼児が血痕付着の注射器で遊んでいた」「幻覚から自分の腹を刺した」「自分の娘にシャブを注射した」等々、凄惨な現場を踏んできた瀬戸氏は、こう強く警鐘を鳴らしている。

「覚醒剤などやる必要はない。やらない、やらせない、かかわらない、かかわらせない、やった者はすぐに連れ戻す。これを今以上に徹底しなければ、惨劇は必ずまた起こる」

デイリー新潮編集部

2020年2月18日掲載

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