再評価される路面電車 「富山」「札幌」「宇都宮」にみる新時代の幕開け

国内 社会

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 鉄道業界関係者、鉄道ファン、そして中心市街地空洞化に悩まされてきた地方自治体関係者の間には、2000年前後から路面電車に対して大きな期待が膨らんでいた。

 昭和30年代後半をピークに、路面電車は日本全国から次々と姿を消した。それでも、日本各地で路面電車はしぶとく生き残っている。

 発車時などにチンチンと合図をすることから、路面電車は“チンチン電車”と呼ばれて市民に親しまれてきた。昭和期には、地域住民の主要交通機関だったから、「チンチン電車に乗って学校に通った」「週末に親と一緒に繁華街へ行く時に乗った」……そうした幼少期の原体験から、路面電車にノスタルジーを抱く人は少なくない。

 2000年代に起こった路面電車を再評価する機運は、そうした「昔を懐かしむ」「昔はよかった」といった流れから出てきた話ではない。路面電車が、荒廃した街の再生に寄与するという正当な評価・判断によるところが大きい。

「鉄道は移動手段」でしかない一般利用者にとって、「路面電車は次世代を担う交通機関」と主張されても困惑するばかりだろう。しかし、路面電車を整備することには、多くのメリットがある。

 鉄道業界関係者、鉄道ファン、地方自治体関係者にとって説明不要と思われるほど繰り返し提唱されてきた路面電車を再評価する機運だが、一般的に浸透しているとは言い難い。そうした路面電車に対する受け止め方は濃淡が激しいので、念のために2000年前後に起きた路面電車再評価までの流れをおさらいしておきたい。

 昭和30年代をピークに衰退していった路面電車は、大都市なら地下鉄、中小都市ならバスに代替された。

 路面電車と比べて、地下鉄はスピードが速い。そのために駅間を移動する際の所要時間は短くて済む。また、輸送量は比べ物にならないほど多い。鉄道事業者から見れば、地下鉄は効率的な輸送が可能だ。路面電車のように自動車と混じって走ることもないから、時間通りに運行するという定時性も確保しやすい。これらが、地下鉄のメリットといえるだろう。

 しかし、路面電車に比べると地下鉄は駅間が長い。そのため、小回りがきかない。また、乗降するには駅階段の上り下りを強いられる。バリアフリーの観点からいえば、地下鉄は誰もが利用しやすい公共交通機関とは言い難い。また、地下鉄の乗り換えでは「これは別の駅なのではないか?」と感じるほど、歩かされる駅も多い。

 若い頃だったら何も感じない距離でも、年を重ねるとキツく感じる。高齢社会を迎えた今、いたずらに体力を消耗させられる地下鉄は時代にそぐわない公共交通と化している。

 地下鉄は地下に建設されるため、工費は莫大になる。地理的条件や時代によって大きく異なるが、地下鉄は1キロメートルあたりの建設費が200億超。これに日々のメンテナンス代が重くのしかかる。人口減少によって税収が先細りする日本において、地下鉄は分不相応な公共交通になっている

 それでは、バスと比べたらどうか? バスの場合、道路を走るので、鉄道のような専用の走行空間を整備する必要はない。そこだけを見れば、経済効率はいい。また、道路を走るので路線は自由に設定できる。ニュータウンが造成されて地域の人口が急増したり、大きなショッピングモールなどがオープンしたりといった動線・環境の変化などには柔軟に対応できる。逆に、大学が移転した、工場が閉鎖されたといった理由から不要になった路線を廃止することも容易だ。そういった点では、バスは無駄が少ない。

 無駄が少ないというメリットは、利用者目線で見るとデメリットになることもある。容易に路線を変更できるということは、すぐに路線が廃止・変更できるということでもある。頻繁に路線が変更・廃止されてしまうのでは、交通機関として頼りにしにくい。また、鉄道とは異なり、バスは行き先がわかりにくい。

 ほかにも、バスは輸送力の面で路面電車に太刀打ちできない。バスをたくさん走らせれば輸送力をカバーすることはできるものの、それは渋滞の原因になる。道路渋滞が発生すれば、バス利用者にとっても、またマイカー利用者にとってもデメリットになる。店舗に商品を配送するトラックなど、物流面にも大きな影響を与えるだろう。考慮されることは少ないが、交通渋滞は経済的な損失でもある。

 バスは、著しく環境性能が向上しているとはいえ、排気ガスなどの問題を抱える。そして、最近は交通事業者の人手不足は深刻化している。先ほど、輸送力を強化するためにはバスを増発すればいいと書いたばかりだが、これらのデメリットをなくすのは実は容易ではない。

 こうした要因を検討した結果、路面電車が優れた公共交通機関であることが如実になってきた。そして、法律面でも路面電車に追い風が吹き始めた。

 国土交通省は1997年度から路面電車走行空間改築事業を開始。これによって、道路上に敷設されていた路面電車の線路整備に道路財源が活用できるようになった。この制度を活用した豊橋市は、市内を走る豊橋鉄道東田本線を豊橋駅前のロータリーまで延伸。駅から路面電車への乗り継ぎがスムーズになることで利便性を向上させた。

 法制度が整備されたことは路面電車にとって追い風だったが、車両技術の向上も路面電車再評価を後押しした。1997年、超低床車と呼ばれる新型車両が熊本市電に登場。

 超低床車とは、路面と車両に段差がなく、乗り降りのしやすいバリアフリー構造の車両のことだ。熊本市電で初めて走り始めた超低床車は路面電車の革命とも騒がれ、瞬く間に各地の路面電車にも導入されていく。

 こうした路面電車を取り巻く環境が変化したことが“路面電車新時代”と形容される。そして、路面電車という昔ながらのネーミングではなく、最近はLRTと言い表されるようにもなっている。LRTという言葉により、古臭い路面電車のイメージを一掃しようという狙いがある。

 LRTは決して新しい言葉でないが、路面電車という古臭いイメージを払拭するLRTという用語は、鉄道業界関係者・鉄道ファン・地方自治体関係者の間で盛んに用いられるようになる。

 LRTとは路面電車をオシャレに言い換えたのではなく、Light-Rail-Transitの略称であり、新しい路面電車システムおよび概念を表す。

 これまでの路面電車はおおむね一両編成で運行されており、道路の上をゆっくりと走るものが大半だった。

 一方、LRTは3両編成以上が多く、輸送力は格段に増えている。走行空間は道路の上のみならず、時に地下線や高架線を走る。運行速度も通常の鉄道と遜色ない。LRTによって路面電車再評価の機運は高まった。

 日本より一足早く、海外では多くの都市でLRTの導入が相次いだ。LRTを導入するため、多くの知事・市長が海外を視察し、LRT導入計画を打ち出したりもした。しかし、日本国内では新たに路面電車を導入する自治体は現れなかった。

 路面電車の優位性は、業界関係者などには理解されていても、世間一般において旧時代の公共交通機関という見方が定着していたからだ。LRTは一般世間の「路面電車は時代遅れ」という意識を解消するまでには至らず、「脱クルマ社会」の一端を担うことはなかった。

 路面電車が再評価されながらも停滞ムードが漂う中、ようやく2006年に富山市が新たな路面電車を開業する。新たに開業した路面電車は、富山駅北-岩瀬浜までを結ぶ約7・6キロメートルの区間。同区間は、それまでJR西日本が管轄する富山港線と呼ばれる路線だった。これが路面電車に転換されて、富山ライトレールという路面電車が新たに誕生した。

 富山市には、従来から富山地方鉄道が路面電車を走らせていた。富山地方鉄道の路面電車は富山駅の南側を走り、新たに発足した富山ライトレールは駅の北側を走っていた。そのため、富山市の路面電車は駅を挟んで南北に別々に路線があり、両線の電車がお互いに行き来することはできなかった。

 2015年、北陸新幹線が金沢駅まで延伸開業。これに伴って、富山駅が高架化。駅が高架になったことで、分断されていた路面電車の線路は駅の下を通って“南北統一”される。そして、今年3月に富山の路面電車が“南北統一”を果たし、別々の路線が直通運転を始める。

 路面電車をめぐる動きが活発化しているのは、富山だけではない。札幌市を走る札幌市電は約8・4キロメートルの路線を有している。札幌市電はコの字形を描くような路線になっているので、始点の西4丁目と終点のすすきのは直線距離で約500メートルしか離れていない。わずか500メートルしか離れていない始点と終点を線路で結ぶことができれば、札幌市電は環状運転が可能になる。それは札幌市電の利便性を飛躍的に向上させる。ひいては、市民の公共交通利用を促進することにもつながるだろう。積雪の多い札幌市では、冬季の自動車運転はスリップによる事故の危険性が高い。それだけに、路面電車による公共交通網の整備は、それらを代替する手段になる。

 札幌市電の環状線化は、長らく検討されてきた課題だった。しかし、さまざまな事情から実現には至っていなかった。それが、2015年にようやく実現した。環状線化後の札幌市電は、利用者を着実に増やしている。

 路面電車再評価の動きは、さらに広がりを見せている。富山ライトレールは新しく路面電車が誕生したケースだが、すでに富山市は路面電車が走っていた都市であり、市民は路面電車に対して理解があった。だから、新たに路面電車を建設する計画が浮上しても、市民がネガティブなイメージを抱くことはなかった。

 路面電車が走っていない都市になると、路面電車の計画に対して根強い反対が起きることも珍しくない。

 路面電車は道路上を走る。言うならば、自動車は路面電車に走行空間を奪われるのだ。路面電車のために車線を奪われれば、かえって渋滞が深刻化する懸念もある。

 こうした心配から、路面電車に反対する地元住民もいる。しかし、富山や札幌の事例から、路面電車への理解は広がり、最近では路面電車のない都市からも路面電車を望む声があがるようになっている。

 栃木県宇都宮市と隣接する芳賀町は路面電車の新設を目指して、2015年に宇都宮ライトレールを設立。目下、急ピッチで建設が進んでいる。宇都宮ライトレールは2022年に一部の区間を開業する予定にしており、その後も路線を拡大する方針を表明している。

 宇都宮市は過去にも路面電車が走っていたことはなく、それだけに住民の理解を得ることに長い歳月を費やした。着工までにも紆余曲折があったが、途中で計画が頓挫することはなかった。

 2000年前後は、路面電車新時代と言われながらも、それらが浸透しているとは言い難い状況だった。関係者の間では、路面電車新時代は始まることなく幕をおろすのではないかという危機感も広がっていた。しかし、ここにきて路面電車を再評価する機運がようやく高まってきた。

 昭和の遺物と揶揄されてきた路面電車は、ようやく新時代の幕開けを迎えようとしている。

小川裕夫/フリーランスライター

週刊新潮WEB取材班編集

2020年3月1日掲載

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