新型コロナ拡大が“嫌中・反中”を増長 東南アジア5カ国それぞれの事情

国際 2020年2月13日掲載

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シンガポールが抱えるトラウマ

 最後は、2月12日現在、新型ウイルス感染者が中国、香港(49人)に次ぐ47人のシンガポールだ。筆者はシンガポールでも感染者が確認されはじめた1月25日、現地を訪れていた。ひとびとは「very slow」「unusual」と政府の初動の遅れを非難する言葉を口にし、優等生のはずのシンガポールが、自国民や隣国などから、その危機管理体制を疑われている印象を受けた。実際、最新の感染者には、中国渡航歴がなく、過去の感染例とも関係がないケースが現れた。「人から人への国内感染が広がっている可能性」(リー・シェンロン首相、8日ビデオ声明)があり、警戒レベルを上から2番目に引き上げたことで、国民の間で危機感が増してきている。

 批判や不安を打ち消すため、リー・シェンロン首相は、2月8日午後6時(日本時間同午後7時)、新型ウイルスに関する国民向けのビデオ声明を発表するという異例の対応に出た。が、「湖北省をのぞけば、致死率もインフルエンザ並みの0・2%」などと楽観視したメッセージを発したことで、かえって火に油を注ぐことになり、筆者の友人らをふくめた富裕層の間では、第三国への移住を本気で検討している人も少なくないと聞く。

 こうしたシンガポールの反応は、決して大げさではない。なにせ03年に大流行したSARSで、「感染者238人、死者33人」の東南アジア最悪の犠牲を払った過去があるからだ。さらに世界保健機関(WHO)が同年7月にSARS終息を宣言して以降も、9月になってSARS陽性反応の男性がシンガポールで報告されてしまった。これは中国と台湾をのぞけば唯一の国となり、同国の苦い経験だ。

 今回の新型ウイルスでは、「遅ればせながら」(欧米メディア)2月1日に、中国人の入国や空港での乗継ぎを全面禁止したほか、中国人の新規ビザ発給を停止し、中国を2週間以内に訪問した外国人を対象に、入国や乗継ぎ禁止の措置をとっている。

 リー首相の演説でも強調されていたが、SARS以降、シンガポールは、ウイルス系疾病対応へのインフラ整備や研究体制、さらには治療設備の充実を図ってはきた。しかし、国民が新型コロナに不安を募らすのは、感染という側面だけではない。570万人の華人国家のシンガポールの経済成長を支える、中国国籍の3万人の労働者の存在もまた、同国のネックとなっている。

 新型コロナが取りざたされた時期は春節のために帰国していた彼らを、ふたたび自国に入国させることは怖い。しかしシンガポールに戻ってもらわなければ、シンガポール企業や経済に大きな支障をきたすことになるというわけだ。幸か不幸か、自宅待機や検疫など条件をつけての彼らの帰国は許可されることとなった。が、この措置によりさらに感染者を出す危険性もあり、大きなジレンマを抱えている。

 ビジネスマンや政府職員、大学教員など、東南アジア域内のリーダー1300人を対象に、「中国を信用するか?」と質問した調査がある。京都大学など世界の研究機関との合同調査研究などで知られるシンガポール政府系シンクタンク「ISEAS」 が実施たもので、最新版は今年1月16日に発表された。

「信用できない」と答えた割合は、昨年の調査から8%アップし、実に60%にのぼる。とくに、領有権問題で対立するベトナムとフィリピンの回答者に、その割合が突出して高かった。さらに、40%が「中国は修正主義国家で、自らの覇権を東南アジアに拡大したいだけだ」と答えてもいる。

 調査時期を考えると、このあとに新型ウイルスは拡大したことになる。東南アジアの中国への嫌悪や不信感が“増殖”することは避けられそうにない。

末永恵(すえなが・めぐみ)
マレーシア在住ジャーナリスト。マレーシア外国特派員記者クラブに所属。米国留学(米政府奨学金取得)後、産経新聞社入社。東京本社外信部、経済部記者として経済産業省、外務省、農水省などの記者クラブなどに所属。その後、独立しフリージャーナリストに。取材活動のほか、大阪大学特任准教授、マラヤ大学客員教授も歴任。

週刊新潮WEB取材班編集

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