冨山和彦(経営共創基盤CEO)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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企業再生の要諦とは

佐藤 いつからそこに着目されていたのですか。

冨山 産業再生機構で、大手も中小も企業再生をやって、ローカルの方がマジョリティじゃないか、という感じはありました。

佐藤 冨山さんは実際に、経営危機にあった地方のバス会社をまとめて「みちのりホールディングス」という会社を設立し、経営されています。成功の秘訣は何ですか。

冨山 日本の製造業が戦っている水準から言えば、同じ野球でも三角ベースくらいの感じですよ。ある程度のレベルの人が行って、やるべきことをやる。事業の「見える化」とか「分ける化」をやり、その中で使えるⅠT技術があれば導入する。それらをコツコツ真面目にやっただけです。だからノーマジック。具体的に何をやったかはあちこちで話していますが、なかなか真似していただけない。それは経営能力がない会社が多いからです。

佐藤 頭でわかったからといって、できるものではない。

冨山 経営って、もっと身体化されたものなんですよ。

佐藤 JALやカネボウなどの大企業の再生も手掛けられています。こちらはどうですか。

冨山 大企業はみな同じで、地獄の釜が開いて、グツグツお湯が沸いている熱さをリアルに感じないと動き出さない。

佐藤 ソ連に攻め込まれているのに、ナチスはベルリンの地下壕でヒットラーの後継者争いをしていたのと同じですね。

冨山 巨大企業だから危機にあるという実感がない。

佐藤 正常性バイアス(自分にとって都合の悪い情報を過小評価する)も働きますからね。

冨山 JALは完全な資金繰り破綻の2カ月前までいきました。政府系の金融機関、つまりは国が資金をつながなかったら全世界で飛行機が飛ばなくなっていた。航空会社って一度飛行機が飛ばなくなると、再生が極めて難しくなるんですよ。

佐藤 サメと同じで、動いていないと死んでしまう。

冨山 平時にあの規模の会社に、どんな力量のある経営者が入っても、まず再建できません。それはかつての日産自動車にも言えることです。

佐藤 タイミングがある。

冨山 早くても遅くても、空振りになります。

佐藤 もう一つ、引き際もありますよね。

冨山 そこは人間の煩悩との闘いになる(笑)。バッと入っていって一定の仕事をして、結果が出る。その後によく起きるのが、自分の手柄にしたい、という煩悩が強く出てくることです。

佐藤 よくある話です。

冨山 手柄の証に、その組織に君臨したくなる。カルロス・ゴーンが嵌(は)まったのがそれです。再建すると、古くて大きな組織でもオーナー創業者のように振る舞えるんですよ。

佐藤 中興の祖ですものね。

冨山 大事なことは、いい加減の年限でスパッといなくなることです。

佐藤 だから後継者もきちんと決めておかないといけない。

冨山 もちろんそうですが、大組織の上に君臨していると気分がいいんですよ。ゴーンみたいになるのがむしろ普通なんじゃないですかね。やっぱり改革のエネルギーの源泉は、多くの場合、権力欲や金銭欲、名誉欲です。そうした生々しい煩悩で頑張っている人が多い。

佐藤 でも人は死にますからね。一生は君臨できない。

冨山 そうした諦観がある人はいい。君臨することに興味がない人は、10人中、1人、2人です。

佐藤 引くことができる人の特徴は何ですか。それは冨山さんの特徴でもあると思いますが。

冨山 自分としては、また新たに面白いことをやりたいから、ですかね。カネボウとJALをやって、あの領域やパターンはわかった。それはもう難しいことではない。だから次はより難しく、本質的な問題に向かって行きたくなるんですね。それに引っ張られて自分の活動領域を広げてきた感じはあります。

佐藤 面倒臭さそうな会社を引き受ける方がずっと面白い(笑)。

冨山 人間は物事を善と悪に切り分けますが、現場を知れば知るほど功罪相半ばしているんですよね。善悪一如で、ああ、その時の理屈はこうだったのかと思うことが多々あります。

佐藤 どんな会社にも内在的な論理がありますからね。

冨山 再生は外から攻撃するだけではだめで、その内在的な論理を解いてあげないと解決しませんね。

佐藤 企業再生には、きれいごとではすまないこともたくさんあります。

冨山 哲学とか倫理観が問われるようなところに追い込まれますね。典型的な話は、リストラです。JALやカネボウのリストラは、さほど悲惨ではありません。彼らはエリートなので、プライドを捨てれば、次の仕事はある。大変なのは、例えば旅館の仲居さんです。その仕事は資格のない女の人がまともに働けるギリギリのラインです。それにシングルマザーで子供を預けていたり、仕送りをしていたりと、ワケアリの人も多い。彼女たちがクビになると、風俗に落ちるか、生活保護を受けるしかなくなる。その時にこの人に辞めてもらうのが正しいかどうか、あるいは辞めた後の人生に何ができるかを、毎回自問自答しなくてはいけなくなる。

佐藤 そこに人生がかかっていますからね。

冨山 結局、事業を止める、工場を閉める、人に辞めてもらうことは、その当事者にとっては100%の出来事です。でも会社にしてみれば、10%人を減らせば生き残れるわけですから、10%の話です。この100%と10%の非対称性は、どうしても超えられない。この矛盾は、それを決める人間が一生背負うしかない。つまり一人の人間が正しいと思うかどうかに帰結するんです。その軸が弱い人は迷うし、潰れる人もいます。

佐藤 そこを引き受けるのがリーダーです。

冨山 従来のように、もうサラリーマンの成れの果てがリーダーになる時代ではない。リーダーになる素質と意思のある人間を時間をかけて鍛えて、しかるべき試練を与えて育てていこうと考えています。

冨山和彦(とやまかずひこ) 株式会社経営共創基盤代表取締役CEO
1960年生まれ。東京大学法学部卒。スタンフォード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年、産業再生機構設立に参画し、最高執行責任者(COO)に就任。同機構解散後の07年に経営共創基盤を設立し、現在に至る。

週刊新潮 2020年1月30日号掲載

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