「死ぬのはこわいだろうか」 故・橋本治さんは「死」についてこう考えていた

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 作家の橋本治さんが亡くなったのは2019年1月のこと。70歳の早すぎる死には、惜しむ声が多く寄せられた。『桃尻娘』のような青春小説から古典の現代語訳まで多種多様な作品を精力的に発表してきた橋本さんだが、晩年は「顕微鏡的多発血管炎」という数万人に一人の難病を抱え、体調を崩しがちだったようだ。

 その橋本さんが、60代半ばの頃に自らの「貧・病・老」について赤裸々に綴った著作が『いつまでも若いと思うなよ』。老若男女に向けての「年寄り入門」という同書の締めくくりは、「終章 ちょっとだけ『死』を考える」。橋本さんらしい肩の力が抜けた死生観が語られている。

 追悼の意味を込めて、この終章を全文再録してみよう。

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遠い昔に死んだ猫の記憶

 小学校に入学したくらいの頃まで、家で猫を飼っていた。黄緑色の瞳をした真っ黒な毛並のカラス猫で、ミュージカルの「キャッツ」のポスターを見ると、その猫を思い出す。クロという当たり前すぎる名前だが、毛並はとても美しかったから、多分、拾われて来た捨て猫ではないだろうが、どうしてその猫が家にやって来たのかという経緯は知らない。どこかからもらったのか、買ったのか。そもそも、その猫を家の誰が可愛がっていたのかが分からない。家の人間が可愛がっていたのか、邪慳(じゃけん)にしていたのかも。

 昔のことだから、クロに餌をやってはいても、家の中に入れなかった。夏目漱石の『吾輩は猫である』の中にも、家の中で大事にされている飼い猫と、勝手に外を歩き回って食事の時だけ帰って来る野良猫状態の飼い猫の2種類が出て来るが、家のクロも野良猫状態の飼われ方をしていたように思う。畳の上に土足で上がるのは最大のタブーだったから、外を歩き回っていた猫が畳の座敷に上がると、「こら!」と箒を持った祖母をはじめとする女達に追い回される。そういう光景を見ていたから、「可愛がられているのか邪慳にされているのか分からない」という感じ方をしていたのだが、ある時、家の女達が「最近見ないね」とクロの話をしていた。

「だからなんだ?」と思っていたら、2、3日して祖父が家の床下を覗き込んでいた。きっと「いた」と言ったんだろう。祖母は「やっぱり」と言った。それで私は、「猫は死ぬ時が近づくと、人の目につかない所へ行って死ぬ」という話を聞いた。

 私が「死」なるものに遭遇したのはその時が最初で、「死期を悟った猫が人目につかない場所へ死にに行く」という話は印象に残って、そのことをずっと覚えていたわけではないが、何年か前に思い出したというか、記憶の表層に浮かび上がった。

 記憶に関する話をするのは面倒で、「猫の死にまつわる話」が記憶に刻み込まれたのは事実だけれど、それをずっと覚えていたわけではない。しかし、「昔、黒い猫が家にいた」と思うと、その「死の話」が自動的に浮かび上がる。子供の私は、床下を覗き込んでいる祖父の横で一緒に屈み込んで床下を見たけれど、暗くて猫の死骸なんかは見えなかった。「死の実態」を見て「猫の死にまつわる話」を頭に刻み込んだわけでもないのに、「クロのこと」を考えると、自動的に「猫の死にまつわる話」が登場して来る。

「なんでそんなへんな覚え方をしてるんだろう?」と思いはしなかったが、「猫の死の話」が意味を持った後で、「そういうことか?」と理解出来たような気がした。

 子供の私はクロとなんの関係も持てずにいて、だからこそ「終わってしまったその猫のこと」が記憶に残っていたらしい。

 若い時はそうでもないが、年を取ると「過去の空白」が妙に浮かび上がって来る。「ああいう関係があったらよかったな」という形で、過去の人との出会いを思い出す。それでどうなるわけでもないのに、「なかった関係」がふっと頭に浮かんで、ちょっとばかりジタバタする。「昔を今になすよしもがな」というわけでもなくて、「なかった関係」が「埋めたいけど埋められない空白」となってただ浮かんで来る。「昔が懐しい」というわけではなくて、「なかったんだなァ」ということだけを思わせる。年を取ると、自分の過去が穴だらけのボロ布のように思えるのかもしれない。

 だから、クロのことを思い出すと、「もう少し仲よくしとけばよかったな」と思う。別に、今になって猫が飼いたいわけでもない。「さわると引っかかれるよ」と言われていたので、クロの背中にさわったのは1度しかない。縁側で寝ているのにこっそりさわった。その時の毛並の感じは今もまだ覚えていて、だからこそその記憶が、「もう少し勇気を出して仲よくしといたらよかったな」と思わせる。ただそれだけの話だけれど。

猫の羞恥心

 それはともかく、なんでクロが死んだ話を思い出したのかというと、少し前から言われるようになった「孤独死」と関連してのことだった。

 たった一人の部屋なり家の中で、死んだままになっているのが発見される。私の叔母の一人も、大晦日の夜に一人暮らしの家で風呂に入って、出た後で心臓の発作で倒れた。そのままで明けて元日になってやって来た息子夫婦に、死んでいるところを発見された。孤独死というのは、意外と身近なところで起こりうる。

 孤独死ということになると、「息が絶えるまでの間、どれほど寂しかっただろう」などと考えてしまうが、それと同時に我が身のことに置き換えて、「自分が突然死に襲われたらどうしよう?」という恐怖も生まれて来る。「死んだ自分が発見されるのなら、身ぎれいにして死んでいたい」とは思うけれども、どういう形で死がやって来るのかは分からない。だから「浅ましい死に方をしていたらどうしよう?」と思う。

「突然自分が孤独死をするようなことになったらどうしよう?」と思う不安の中には、「見苦しい自分の死にざまを見られたくない」という思いもあるのだろうと思って、私は遠い昔のクロの死を思い出した。

 猫が自分の死期を悟って人に見られない所へ行くというのは、「衰弱した自分の姿を見られたくない」という、猫一流の羞恥心なんだろうなと思った。

 人が入って来にくい縁の下で死んだクロは、そのまま縁の下の土になった。それを思って、人間の孤独死は仕方がないなと思った。人間が土の上に床を張って暮すようになった以上、そこで死んでも土にはなれない。床の上に死んだ体だけはそのまま残る。認知症になった老人が徘徊行動をするのは、自分が土になれる場所を求めてのことかもしれないが、多分違うだろう。「衰弱して死んで行く自分の姿を見られたくない」と思っても、現代では無理だ。そもそも、自分と同化してくれるはずの「土」が、都会地ではほとんどない。病院のベッドで死ぬということは、「衰弱して死んで行くところを人に見られて死んで行く」ということで、「看取られる」ということが死んで行く本人の希望するところであるかどうかもよく分からない。

 社会生活を営んでいるわけではない猫には、自分の羞恥心に殉じて死んで行くことも出来るだろうが、人間にとっては無理だ。それをすることは、多分、他人に迷惑をかけることになるはずだから。

 はっきり言ってしまえば、人間がいつどこで死ぬかは分からない。私の友人の一人は、駅のホームで脳溢血の発作を起こして倒れ、意識不明のまま病院に運ばれて。そのまま、しばらくして死んでしまった。私だって、どこで足を踏みはずして死んでしまうかは分からない。なにしろ、足元が相変わらずおぼつかない。そんなことより、私は難病患者でもあるのだから、いつどこでぶっ倒れてそのままになるのかは分からない。自殺でもない限り、死ぬ前の人の胸の内をあれこれ考えても仕方がない。「病院のベッドで誰からも知られぬ内に死んでしまう」というのだって孤独死で、それを言ったら、誰にだって「孤独死を発見される可能性」はある。

「死」をちょっとだけ考える

「死ぬことがこわくないのか?」と問われれば、「こわくない」とは言えない。だからといって「こわい」とも言えない。その答は正直なところ、「よく分からない」だ。

 30代の前半の頃、「死」を思ってこわくなったことがあった。「自分はまだなんにもしていない、このままで終わらせられるのはいやだ」と思って、「死」ではなく、「生」が中断されることを思ってこわかった。どちらも同じことのようだが、「死」の方向から「死」を考えるのと、「生」の方向から「死」を考えるのは違う。私はどうも、「生」の方向からしか「死」を考えられない。

 30代の後半になって、「自分のやるべきこと」を見つけてそれにばかり邁進するようになったのはいいが、「こんなに仕事ばっかりしていてなにがおもしろいんだろう? 自分はもっといい加減な人間だったはずなのに」と思って、「こなしきれない量の仕事を抱えたまま死んで行くのはいやだ」と思った。私の場合は、考え始めるとその対処法がわりとあっさり見つかってしまうのだけれども、その「仕事ばっかりじゃいやだ」と思った時は、「じゃ、この人生は仕事だけということにして、死んで生まれ変わったら遊んでるということにしよう」と思った。

 私は別に輪廻転生を信じているわけではないが、仏教はそういう考え方を前提にしているから、「そういう考え方もあるな」と思った。すごく長期の単位で「明日があるさ」と思っただけだが、そう考えたら「仕事だけで死ぬ」でもそういやではなくなった。ものは考えようだ。

 しかし、そう考えてまた、40代を過ぎたら変わって来た。「この人生では仕事だけで、自分のやるべきノルマを全部果たして、それで死んだら次の人生ではただ遊んでよう」と思ったのだが、私の考えた「自分のノルマ」はそう簡単に終わりそうもない。300年くらい生きたら終わるかもしれないが、別にそんな寿命は望めないと思って、「だったら“明日”は来ないじゃん」と理解した。「困ったな」と思ったが、その対処法はすぐに頭に浮かんだ。「そんなになんでもかんでも抱え込んで、“自分のノルマだ”なんて思わなきゃいいじゃない」と考えればよかったのだ。

 本当にその通りなので、自分のやることが意味のあることなら、「やり残したこと」を誰かが拾ってやってくれる。意味のないことだったら、そのまま忘れられる。でもそれは、死んだ後でなければ分からない。だから、「死という先のことなんか考えずに、今のことだけ考えとけ」になる。どう死ぬのかは分からないが、死んだら死んだで、誰かがなんかの処置をしてくれると思うしかない。自分の葬式のことをあれこれ考えたって、いざその時には自分がもう死んでいるのだから、どうなるのかは分からない。

 猫が死ぬことに関して羞恥心を持って、自分から進んで土になりに行くのは、猫が集団で社会生活を営んでいなくて、死んでも他の猫が葬式をやってくれるわけではないからだ。人として生まれて、最後まで他人を拒否したり信用しないままでいるのは、あまりいいことじゃないように思う。人は独りで死んで行くのかもしれないが、土の上に床を張った人間は、やはり人の社会の中で死んで行くのだから、そう思えばそうそう「孤立無縁」というわけでもない。

 クロが死んで少したった後の子供の頃、「自分はいつ眠ってしまうのだろう?」ということを考えたことがあった。布団の中に入って、横になっていてもまだ目は覚めていて、それがいつの間にか眠ってしまっている。そのことが不思議で、「起きているのと眠っているの境はどこにあるんだろう?」と思った。「その境目はどこかにあるはずだから、ずっと起きていて、その境界線を見つけよう」と思った。それで2日ばかり、「自分はいつ眠くなるんだろう?」と思って布団の中で頑張って起きていたが、「眠る」ということは意識がなくなることで、意識のなくなった頭で「私は今意識がなくなりました」などと認識することは出来ない。だから、「起きていると寝ているの境界線は分からないんだ」と思った。

 ただそれだけの話だが、ずっと後になって、「生きている」と「死ぬ」の境目は、ピッピッピという体に取りつけられた装置の電波でなら分かるが、「眠る」と「起きている」の境目が当人には分からないのと同じように、分からないものなんじゃないかと思った。

 この件に関しては、まだ私は死んだことがないので断言は出来ないが、「いつの間にか眠っちゃった」と同じように、「いつの間にか死んじゃった」なんじゃないかと思う。「体が痛くて眠れない」と思っていたって、結局はその末に眠ってしまうんだから、「痛い、痛い」と思っていても、死ぬ瞬間はその痛みがなくなるのだろう。なにしろ死ぬということは、感覚を失ってしまうことなのだから。

 他人の葬式に行って、棺の中に横たわっている仏様を見ていつも思う。「ああ、もう頑張らなくていいんだなァ」と。「死ぬとゆっくり出来る」と私は思っているから、安らかに眠っている仏様を見ると「羨ましいな」と思う。

 結局私は、「生」の方向からでしか「死」を考えられない人間で、「死」というものは、「生」の方向から考えても「考えるのは無駄だよ」という答しかくれないものかと思うのでした。

デイリー新潮編集部

2020年1月5日掲載

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