「田舎移住の男性」に地元コンビニオーナーが唾を吐く それでも問題にならない不条理

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本部より強い地元民オーナー

「もし子供が首を挟まれでもしたら、重傷や死亡事故が起きるおそれがある。このまま放置するのはよくない。すぐに改善するよう、支社全体で連絡体制を再確認してほしい」

 そう訴えた高垣さんに、支社の営業担当者は「すぐに対応します」と確約した。しかし、待てど暮らせど、営業担当者だけでなく、オーナー本人からのお詫びや謝罪の電話もない。不信感が募った高垣さんは、ついに支社長へ連絡をする。

 それで分かったのは、そうした「事故の発生」そのものさえ、支社長には報告されていなかったという事実だった。怒り心頭の高垣さんは、ついにオーナーに怒鳴り込んだ。

 移住者だからといって、もはや遠慮などしていられない。全国チェーンのコンビニエンスストアにあるまじき怠慢、そして隠蔽。怒髪天を衝く勢いでオーナーを呼び出した。すると初老で小柄なオーナーは、身の丈180センチはあろうかという高垣さんの目の前で、店舗前の駐車場で唾を吐いてみせたのだった。

「あんた、客に唾を吐くのか」

 どやす高垣さんに、地元顔役のオーナーはこう言い切った。

「だって、出ちゃうもんはしょうがねーじゃねーか」

 さらにこのオーナーはこう言い切った。

「あんたも会社に勤めた経験があるなら分かるだろ。大きな事故が起きてからじゃなきゃ、組織ってのは動かねーんだよ」

 再び怒り心頭に発した高垣さんは営業担当者に電話をかけた。そもそも営業担当者から連絡がなかったのがおかしい。自分の指摘に対しお詫びを入れるどころか、ずっと無視を続けているとは……。

 ところが高垣さんの携帯番号を、この営業担当は「着信拒否」に設定していたのだ。彼も地元出身である。

 名前か顔を見れば、地元民か移住者かは簡単に分かる土地では、真っ当な抗議さえも受け付けてもらえない。そう考えた高垣さんは、東京にある本社社長の自宅に内容証明を送って訴えた。

 本社からは数ヶ月後、「改善に努める」などと記された回答が届いた。通り一遍の内容だったことは言うまでもない。

 背景にあるのは出店問題だ。東京など大都市ではコンビニの店舗数が飽和状態にある今、地方で出店数の競争が激しさを増している。

 本来はフランチャイズであるオーナーに対し、本部は指導力を有しているのが普通だ。ところが地域によっては、違う実情を持つところも少なくないという。

 とある支社の営業担当者は「地方では本部が土地を確保、オーナーを探してコンビニを経営してもらっている」と明かす。それゆえ、本部が指導力を発揮するどころか、「本部が頼むから店をやってやってる」という意識のオーナーに、頭が上がらないのが現実なのだ。

 これほどの殿様商売となれば、自動ドアのセンサーが不具合でも、まともに対応しようとしないのは当然だ、と高垣さんは妙な納得をしたという。案の定、最後にバカをみたのは高垣さんのほうだった。

 高垣さんは店舗前の路上でオーナーに唾を吐かれたわけだが、その事実は集落の者たちにも、あっという間に拡がった。だが、本来は“被害者”であるはずの高垣さんが悪い奴だと噂され始めたのだ。

「地元の顔役なら当然ですし、たとえ普通の地元民であっても、移住者がモノ申すなんてことが許されるはずもありません。こういう結末になるのは目に見えていたんですよ。移住先で正論を口にしたら、間違いなく移住者がバカを見るんです」

 山梨では移住者を「きたりもん」といって強く蔑む言葉がある。だが、きたりもんは陰口のレベルにとどまるのも事実だ。もし「やっかいもん」と呼ばれると、その場合は集落の全員から“無視”されてしまう。いわゆる村八分の状態となる。

 自動ドアで腕を挟まれ、オーナーに唾を吐かれた高垣さんは今、「やっかいもん」と呼ばれ、家族ともども肩身を狭くして暮しているという。移住とは、すなわち不条理の連続にほかならないのだ。

 そのコンビニでは、唾を吐いたオーナーが何よりも大切にする真っ黄色なスポーツカーが、今日も駐車場にとまっている。自動ドアの不具合は放置される一方で、その黄色のスポーツカーだけは常に洗車され、ピカピカだ。

取材・文/清泉亮(せいせん・とおる)
移住アドバイザー。著書に『誰も教えてくれない田舎暮らしの教科書』(東洋経済新報社)

週刊新潮WEB取材班

2020年1月3日掲載

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