「誤嚥性肺炎」をゼロにした介護施設の、たった数十秒でできるケア術

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誤嚥性肺炎ゼロの介護施設は何が違うのか(1/2)

 モンキー・パンチに眉村卓……。著名人を含め、今年も「誤嚥性肺炎」は数多の命を奪った。高齢者に特徴的な病とあって、介護現場にとっては脅威。敬遠する向きもあるが、正しいケアを行えば、「ゼロ」にすることも可能だという。成功事例の現場レポート。

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 スプーンひとつで人を殺せる――都内のさる介護施設では、この病の恐ろしさをそう表現し、職員に警鐘を鳴らしているという。

「介護士の三大業務と言われるのは、排泄、移乗、食事。一日の仕事の半分はこの三つの介助に費やされます」

 とは、さる介護施設の男性ケアワーカーである。移乗とは、自力歩行の出来ない入居者の移動を手伝うことだ。

「もしこの中で、やらなくていいということがひとつあるとしたら、私は迷うことなく食事介助を選びますね。排泄も嫌ですが、慣れの問題ですし、移乗も腰に来ますが、コツさえ会得すれば大丈夫。しかし、食事だけはどんなに気を付けても誤嚥させてしまう危険性が出てくるんです。窒息の危険もありますし、食べ物が肺に入ってしまえば肺炎を引き起こす。その先は死と隣り合わせです。毎日三食、緊張を強いられますからね……」

 誤嚥性肺炎。新聞の訃報欄などを見ると、しばしば死因としてその名が載る病である。

 ごくごく簡単に説明すれば、この肺炎は、食べ物や唾液などが本来の通り道である食道ではなく、空気の通り道である気管に入り込んでしまい、肺に溜まって腐敗。細菌が急激に増殖して起こる病だ。

 通常、食べ物などが喉を通る際には、自動的に気管が閉じ、侵入を防ぐ。これを「嚥下(えんげ)」と呼ぶ。また、間違って食べ物が気管に入り込んでも、むせたり咳き込んだりすることで排出される。これは「咳反射」と呼ばれる。

 ところが、老化が進むと、自律神経や筋肉の衰えによって、この「嚥下」や「咳反射」がうまく出来なくなる。そこで、食べ物が気管に入る「誤嚥」を起こしてしまうワケだ。

 現在、これと肺炎を合わせた死亡者数は、日本人の死因の3番目に上る。いわゆる「三大疾病」に肩を並べた格好だ。

 仮に一命を取り留めたとしても、入院すると、絶食、安静を求められることは必至。すると結局、身体の機能は衰え、寝たきりとなる例も少なくない。元のような生活に戻ることはなかなか出来ないのだという。

 ある老人ホームでは1年間で16名の入居者が肺炎で入院したが、施設に戻ってこられたのはたった3名。ほとんどが死亡や長期の入院生活を余儀なくされた。誤嚥性肺炎と診断された高齢者の1年以内の死亡率は17%、2年以内では50%というデータもあるほど。ゆえに、冒頭のごとく、介護施設が神経質になるのは当たり前なのだ。

 しかも、である。

「経験のあるスタッフの間では、誤嚥の怖さは皆わかっていますが……」

 と言うのは、別の老人福祉施設の女性介護福祉士である。

「介護の現場は今、深刻な人手不足。そのため、新人スタッフが一日の研修もなしに現場に立つケースもあります。当然、彼らは『誤嚥性肺炎』という病の存在自体を知りません。また、最近は会社をリストラされ、“仕方なく”介護職に就いている人も少なくない。そうした人の中には、仕事を軽んじ、現場を舐めている人も見受けられます。そうした人に当たってしまうと、本当に怖いですよね」

 実際の現場で、三食のうち最も誤嚥が起こりやすいのは、朝食だという。

「入居者さんの身体的機能が目覚め切っていないので、飲み込むための筋肉も働きが悪い。介護スタッフも夜勤明けで、疲れ切っている上に、朝はオムツ替えやパジャマからの着替えなどで忙しく、集中力にもムラが出てくる」(同)

 誤嚥が原因で入居者が亡くなりでもした場合、訴訟を起こされる恐れもある。トラブルにならなかったとしても、担当した職員の心の傷は大きい。ゆえに、どう誤嚥を防ぐかが、介護施設の中心の課題となっているのだ。

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