生田斗真 ジャニーズの“伝統”を変えた男

エンタメ 芸能

  • ブックマーク

空白の10年

 斗真は、小学5年生でジャニーズ事務所に入るとすぐに活躍を始め、1996年、小学校6年生の時から「天才てれびくん」「中居正広のボクらはみんな生きている」といったバラエティ番組に出演。97年にはNHK朝の連続テレビ小説「あぐり」で、主人公あぐりの息子、吉行淳之介をモデルにした人物を演じるという大役を任され、世間に広く認知されていきます。

 しかし、一般的なブレイクは2007年夏に放送されたドラマ「花ざかりの君たちへ~イケメン♂パラダイス~」と言っていいでしょう。このドラマで、共演した小栗旬や水嶋ヒロらとともに人気が沸騰。これを機に出演数も役の大きさも比べものにならないほどになっていきます。

 ……と書くと順風満帆のようですが、97年(13歳)の「あぐり」から2007年(24歳)の「花ざかりの君たちへ」まで、10年の時が経っています。「あぐり」以降、深夜ドラマや単発の出演などはあったものの、主演レベルでの出演はありません。

 この10年間、斗真は多くの仲間のデビューや退所を見送ります。90年代後半、斗真は今の嵐のメンバーや滝沢秀明、今井翼らとともにジュニアの黄金期を牽引する存在でした。しかし、99年には嵐が、2002年にはタッキー&翼がデビュー、2003年には親友である山下智久がNEWSとしてデビュー(後に山下は脱退)、2005年には斗真と同年代でありながら後から入所したメンバーを中心に構成されるKAT-TUNの人気が沸騰します。

 こうして、90年代後半はジュニアの中心的存在だった斗真も、徐々に“残された存在”に。ジュニアの番組にすら露出しなくなっていきます。ジャニーズが全員集合するカウントダウンコンサートを除いては、ジャニーズJr.全体としてのライブにも、2002年以降は出なくなっていくのです。

演技に目覚めるきっかけ

 多くのジュニアたちは、CDデビューを目指し、日々歌やダンスの腕を磨く頃、斗真は何をしていたのでしょうか――。

 それは、演技です。

 しかも映像作品ではない劇場の舞台で、です。

 2002年、劇団☆新感線の舞台「スサノオ」に出演します。劇団☆新感線は、古田新太らを輩出した、日本の商業演劇界の中心にいるといってもいい劇団。そこで芝居の楽しさに目覚め、舞台の魅力にハマっていくのです。

「なんとか自分の生きる道を見つけようとして、俳優として地位を確立していくんだと思いました。毎週舞台や映画を見に行きました」と、目的を定めてそのための努力を始めます。

「稽古場には無駄に早く行ってた」り、先輩の佐藤アツヒロに教わった「稽古後に気軽にメシに誘ってもらえるように、稽古場には一人で行く」という気配りをしながら、演劇生活をおくります(「CUT」2009年9月号)。演劇畑の役者の先輩と、多くの時間を過ごすことによって、たくさんのことを吸収し、研鑽をしていったのです。

 斗真にとっては幸運なことに、ジャニーズ事務所は2002年に東京グローブ座を買収。それまでにも増して、事務所は演劇に力を入れ始めます。客席数も703席と、そう多くないこの劇場を活用し、多くのジャニーズタレントに機会を与え、鍛錬の場にしていったのです。

 そして2006年、斗真は、このグローブ座での劇団☆新感線の舞台『Cat in the Red Boots』で、舞台初主演を飾ります。これは本人も相当嬉しかったようで、新聞に公演が発表された日には、自ら朝の4時に起きて近くのコンビニに新聞を買いに行ったといいます(同前)。

 この舞台の打ち上げで、古田新太に「お前、うまなったなあ」「やってもらってよかった」と言われた斗真は号泣(同前)。こうして芝居の技術を磨いてきた斗真は、翌2007年の「花ざかりの君たちへ」出演を機に、その演技力が広く知れ渡ることになるのです。

「ジャニーズに対する評価が一変」

 役者としての活動が軌道に乗り始めた後、2010年にはこんなやりとりも。

――アイドルとして、キャーキャー言われたいという欲はないんですか?
生田 うーん、あの空間はすごいな、とは思ってましたけどね。楽しかったし。でも、何だろうね。単純に死ぬほど楽しい!と思えたのが芝居だったってことなのかな(「オリ★スタ」2010年5月31日号)

 演じることの難しさを聞かれると「“難しい”よりも“楽しい”の方が圧倒的に勝ってました」と答えています(同前)。初めて劇団と一緒に仕事をしたときのことを振り返り、「大の大人が寄ってたかって、ひとつのものを創ろうとするわけじゃないですか。その感じが、楽しかったんですよ」(同前)と、すっかり演劇界のエキスが注入されたよう。

 もちろん楽しむだけでなく努力もしています。初主演映画「人間失格」の撮影では、事前に脚本を読み込み、京都の撮影現場に入った時には、他のキャストのセリフもすべて頭に入っていたそうです(「SWITCH」2010年2月号)。この映画で、斗真とV6の森田剛を起用した日本映画界の重鎮・荒戸源次郎は「ジャニーズに対する評価が一変した」と絶賛しました(「日経エンタテインメント!」2013年4月号)。

 演劇に出会った頃からノートにメモをとる習慣も続けています。ジャンルを問わずにアンテナを広げ、感動した先輩の言葉や、教えてもらった映画のタイトル、かっこいいバンドや曲の名前まで……。そのノートを読み返して、自分はまだまだ足りないと悔しさを感じ、次はこれをやろう、といった意欲につなげていったそうです。

次ページ:“ジャニーズ”の定義を超えていく

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]