生田斗真 ジャニーズの“伝統”を変えた男

エンタメ 芸能 2019年12月14日掲載

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 毎年、多数の応募者が殺到するジャニーズ事務所のオーディション。その狭き門をくぐるのはひと握りの人間だけ。しかし“本当の競争”が始まるのは、事務所に入所してからです。ジャニーズJr.として血の滲むような努力を積み重ねながら、グループの一員に選ばれデビューするその時を虎視眈々と狙っています。SMAPや嵐、King & Princeに至るまで、現在も活躍するジャニーズタレントの多くが、そのようなプロセスを経て成功をつかみました。

 しかし、そうした“王道”とは違う形で、現在の地位を獲得し、新しい道を切り拓いてきたジャニーズがいます。

 生田斗真、その人です。12月14日に最終回を迎える主演ドラマ「俺の話は長い」(日本テレビ)も好評、俳優として高く評価され、多くの作品に出演している生田は、ジャニーズとしては異色の経歴の持ち主。その生田の努力の軌跡に、『ジャニーズは努力が9割』の著者、霜田明寛氏が迫ります。([文]「元祖ジャニヲタ男子」/WEBマガジン「チェリー」編集長・霜田明寛)

嵐の一員だったかもしれない生田斗真

「あの時、嵐の一員となってもおかしくなかったんです」(「女性セブン」2015年2月19日号)

 これは、2015年の生田斗真の発言です。あの時、とは1999年の嵐の結成時。冗談でも、大げさな言葉でもありません。ジャニーズ事務所の同期は、嵐の松本潤や、相葉雅紀、二宮和也。実はこの3人と斗真の4人で、嵐のデビュー前までは、ジャニーズJr.内で「MAIN」というユニットを組み活動していたのです。実際、嵐のメンバーが発表された時は、ファンの間でも「なぜ斗真がいないの?」と物議をかもしたほどでした。

 ちなみに、ジュニア時代からの親友・山下智久は斗真のことをこう評します。

「斗真は前例を自分で壊しながら、自分の力で仕事を勝ち得てきた」(「MORE」2010年3月号)

 この言葉が、斗真の人生を表わすのに、最も適しているかもしれません。

 前例に倣うのではなく、前例を壊す。そして、自らが前例になる。これは、半世紀以上続くジャニーズの伝統や「ジャニーズタレント」という言葉の定義を変えた男の話です。

 とはいえ、それは他人を蹴落とすようなガツガツしたものではありません。

 他人と自分を比べない人間こそ、前例になれる――。
斗真の人生をたどると、こんな言葉が浮かんできます。

過酷なジャニーズJr.の世界

「10代後半、仕事がなくてまったく先が見えなかった」(「STORY」2015年3月号)

 このコメントが象徴するように、ジャニーズJr.という立場はなかなかに不安定です。基本的にジュニアは、グループを結成し、CDデビューすることで晴れてジュニアを卒業し、正式にジャニーズタレントとしてデビューすることになります。すでにテレビに出たり、ライブに出演したりするなどしていても、ジャニーズ内では研修生扱いで、人生の大きな保証にはなりえません。ジュニアの中でグループを結成していても、CDデビューの際にはメンバーから外されたり、「MAIN」のようにグループ自体が消滅したりすることもあります。

 たとえば、V6の坂本昌行は20歳を超えてもデビューができずジュニアのままだったので、一度は就職をしたほど。デビューできるかどうかによって、人生は大きく左右されます。しかし、生田斗真はジュニアになってから今に至るまでCDデビューをしていません。ただ、すでにドラマや映画の出演は40本を超えています。嵐としてデビューできなかったジュニアが、主演級の俳優になるまで、何があったのでしょうか。

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