高宮敏郎(SAPIX YOZEMI GROUP共同代表)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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学校は作らない

佐藤 教育機関のアウトソーシングといえば、グループでは発達支援事業にも乗り出している。今後はさらに多角化していきますか。

高宮 塾でも予備校でも(学校教育法の)1条校である「学校」を作るところがありますが、グループとしてはあくまで受験産業が生業です。私たちは学校は作らない。

佐藤 それはなぜですか。

高宮 私は米国ペンシルベニア大学に留学して大学経営学を勉強してきましたが、アメリカの大学のランキングって100年前から基本的に変わっていないんですよ。ランキングを急激に上げた大学は二つしかなくて、スタンフォード大学とニューヨーク大学です。この2校は100年前は下位にいたのが、いまは上位に位置しています。

佐藤 この二つの大学に対する評価は現在、とても高いです。

高宮 私は中学から慶應ですが、慶應のような人脈を作る学校だったり、知を生み出す東大・京大のような学校だったり、いわゆる名門校をあとから作るのは非常に難しい。それよりは制度の外にいて、教育のお手伝いをすることの方が社会的に大きなインパクトを与えられるんじゃないかと思うんです。

佐藤 私が大学の専任教員にならないのと同じ発想ですね。大学にはそれぞれルールや伝統など、内在的な論理があって非常に面倒くさい(笑)。客員とか学長の特別顧問として外から関わっているほうが、実は刺激を与えられるし、学校もそれを必要としているんです。

高宮 もう一つの理由は中立性です。グループが教育事業をやっている中で学校を持てば、中立性が失われます。例えば、中高一貫校なら、どうしてもサピックスに通っている子供に来てほしい、というバイアスがかかる。

佐藤 全面的に賛成です。乱暴な言葉で言うと、正規の学校は建前をやるところです。学習指導要領があって、文系科目も理系科目も、家庭科だって芸術系の科目だって同じウェイトでやる。特に難関校ほどその建前を保たなければならない。それは受験には関係ないけれども、20年30年経つと役に立つ場合が出てくる。

高宮 おっしゃる通りです。

佐藤 もしサピックス学園ができたとしたら、保護者は当然、サピックスが持っているノウハウに期待し、生徒たちもその手法でやりたいとなる。すると東大に100人入れる学校にはなるけれども、生徒たちがそれでハッピーかというと、それはわからないですね。サピックスが持っているノウハウは、中学、高校、大学に合格するという目的合理性だから。

高宮 教育にはサイエンスの部分とアートの部分があります。東大合格者を数多く出す難関校がどんな教育をしているかというと、アートの部分がきちんとあって、それぞれユニークな校風を作りだしていますね。

佐藤 受験に特化しているわけではない。生徒会やったり、バンドやったり、絵を描いたり。

高宮 文化祭や体育祭もがんばる。

佐藤 それでちょっと外国行ってみるか、とか。おそらく灘、開成、桜蔭、筑駒などに通っている生徒に共通しているのは、読解力の高さです。サピックスは12歳の彼らを送り出しているわけですが、数学と英語を除いて、その時点で難関大学の授業についていける子供たちですよ。だから彼らへの教育法ってないんです。一方で、コツコツ勉強して東大に入る生徒もいる。こちらはカリキュラムを細かく組んで積み上げていくことで成績が伸びる。

高宮 ええ。

佐藤 ただ、そこで怖いのは偏差値です。偏差値には二つの機能があります。一つは加熱です。どんどん勉強させて上を狙わせる。その次は冷却で、実際に受験となったら、あなたの偏差値はこのくらいだから、このレベルにしなさいと諦めさせる。この加熱と冷却をくり返すとどうなるか。

高宮 ヤキを入れるって話ですね。

佐藤 そう。熱した金属を冷やしてヤキを入れると、キレはよくなるけど脆くなる。これは同志社大学の松岡敬学長の言葉です。だから偏差値は上手に使いながら、メンタルのタフネスを作っていかなきゃいけない。

高宮 採用試験で大学生の面接をする時、出身高校について質問するんです。すると「地域の進学校です」とか「地域の2番手校です」という言い方をするのは、ほとんど公立高校の出身者です。私立は「こういう学校です」と少なからず学校のキャラクターを教えてくれる。受験戦争だ、偏差値の弊害だという批判では、私立の進学校のほうが俎上にのぼりますが、実はその物差しの影響が強いのは、公立高校ではないでしょうか。

佐藤 公立高校は原則1校しか受験できませんからね。加熱と冷却の仕組みがはっきりする。学校選びのトラウマがみんなありますから。

高宮 いま公立高校のトレンドは、学区を大きくして能力の高い生徒たちを集めることです。例えば、学区をやめてどこからでもトップ校へ通えるようにする。その高校の東大合格者は増えているんですが、2番手校の生徒たちにヤキが回ってくる。

佐藤 まさにそこが問題です。

高宮 全県区にすると、俺はトップ校じゃないから、地元の国立大学でいいんだ、となってしまう。

佐藤 それが深刻な状態になっている公立高校が首都圏にはいくつかあります。ある女子校の入学偏差値は73もあるのに、進学先のボリュームゾーンはMARCH(明治、青学、立教、中央、法政)です。これだと偏差値65くらいの学校と変わらない。女子校であるとか、浪人をさせないとか、いろいろ原因が挙げられるのですが、どうも納得できない。これはロールモデルがないからだと思います。優秀だなと思っている先輩がそこそこのところに進学すると、後輩もそうなってしまうんじゃないか。

高宮 東大の女子学生の比率が2割を越えられないという問題がありますよね。受験生の中での合格比率に男女差はないので、受験していないわけです。アメリカのトップ校では、私が留学していた2000年代初頭でハーバード大学は半々近くになっていて、いまは非開示になっている。おそらく男女比を出す意義がなくなったんでしょう。やはり国内では女子が東大受験する環境やロールモデルが少ないということでしょうね。

佐藤 そうですね。多くの生徒が東大か医学部を目指す桜蔭という女子校もありますから、環境をどう作るかですよ。

高宮 桜蔭の生徒は理科三類(医学部)に10人近く入ってしまう。ただ、今は全体として少し数は減っています。

佐藤 医学部志向が強いから。東大でなくてもどこかの医学部へ進んでいるんでしょう。

高宮 医者は非常に大事な仕事ですから優秀な生徒が行くのはいいのですが、桜蔭に限らずあまりに医学部志向が強いのは、国としてバランスが悪いんじゃないかと思いますね。

佐藤 それは子どもたちの問題ではなくて、保護者と学校の問題かもしれない。

高宮 それもあります。また地方では、高収入で社会的地位が高いロールモデルはお医者さんくらいしかないという事情もあるでしょうね。

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